高杜 一榮の世界

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024s

モノローグ

20200820木曜日

八月の終戦の日になると必ず壮絶で過酷な敗戦までの日々の記憶を打ち明け、今まで兵士たちの実情を知らなかった人々は実情を聞いて「そんなご苦労があったとは知らなかった」という気持ちになるらしい。多くの召集令状を受け取った経験者またはその周辺の人々は少しづつ打ち明けてくれるようになったと覗える。召集され外地に行き敗戦になり、現地に残された人々やその子孫たちが、今まで口を閉ざしていたが、「自由に発言できる時代になった」ということで新聞にエピソードを伝えている。ある時、知人で心おきなく話せる人に、戦争の話をしていて、自身はすっかり慎重さを忘れて口走ってしまった。「今の時代ありえないけども、もし男性として生まれ、戦争になり徴兵されることになったら、勇ましく一兵卒として出てゆく」そういう言葉を吐くとは思わなかった先方は、驚いてその後付き合いをやめたいらしく遠ざかってしまった。かなり軽率な発言だったが、わたしにはわたしの「思い」がある。確かに戦争はいけない。しかしもしよんどころなくそういう戦争勃発の機会が訪れたらやっはり、戦争なんて行きたくない家にいたいなどと平然と言えるだろうか?と思えた。そのための発言になった。しかし「戦争に行きます」という言葉そのものが、嫌われたらしい。だが、100名が100名全部戦争を嫌い、行かない、となったら、誰が国家を守るのか?誰だって辛い兵隊生活など自ら望まないはず。嫌われたのは理解できるが、国家を守る責任というのは国民一人一人に在るべきではないのか?戦争を嫌うのは好き勝手だが、国を守るという意志は一人一人持っているべき、と思う。これから本当に戦争が起きたら、以前の類の戦争ではなく、これ以上ないほど過酷で、勝敗はすぐ付くはず。そのため戦争回避の妙案を持てる人間の育成を希望する。
2020年08月20日 10:09