高杜 一榮の世界

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モノローグ

20200528木曜日

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今日テレビで首都高速道路上で、若い男たち(ルーレット族という)が200キロ以上のスピードで飛ばし(これらの迷惑行為は必ず若い男に限定されているらしいが、何故か理由を考えたい。女性はそういうバカをやらない生き物かも?)警察に捕まって良かったが、その警察に捕まったという行為の理由が「気晴らしがしたかったから」だと。生意気というか、当然の発言と思っているところが浅墓で、不愉快。「気晴らし」が許されるのであれば、さしずめ三十年以上社会に貢献したとかまたは自身の納得のゆくような仕事をし、満足のゆく自信を手に入れたなどの充足感もあるべきだが、ただただ「気晴らしがしたかった」と。それを言うならそれを言えるだけの実績(または証明になるもの)を提示せよ、と言いたい。ただバイクで好きなだけの理由で、走って充足し、「気晴らしがしたかった」という発言が不愉快。もっともこういう形で叱責したとしても彼らは納得しないだろう。高速道路上でアクロバット的な激しいパフォーマンスをしてみせれば、納得してくれるかもしれないが、そういう歴史的に無に近い行為を道路上でする者はだれもいないだろう。彼らの行動が歴史や国家を変化させるものでない限り永遠に理解されない。ただ自己満足だけなら、美術館や体育館もしくは、同じ高速道路で待機していれば、同じ種類の男たちが走っているだろう。彼らのエネルギーが無駄に使用されているという果てしない国家的損失の現実をいつか理解するまで続く筈。もっともここで正論めいたことを書いても無駄だと判る。しかしいつもながら道路のあちこちで無駄なイタズラ描きが多いのはどういうわけだろう?例えば店で莫大な量のサインペンやペンキを買う少年がいたら「これをどういう目的で使うのか?」と尋ねても無駄だろう。何の反省も得られない。彼らが長じて結婚し子を持った時に改めて自身の若き頃を振り返り、何か親らしいことを言えるまでに成長しているかどうか?しかし自身もまだかなりの年齢が高くとも若者への言葉をほとんど自省なしで「ほざいている」ので何とも言えない。言えることは「とにかく犯罪さえ起こさねばなんとかなる」と呟くのみ。はっきりえば老いてもっと学びたい心境。
2020年05月28日 12:33