高杜 一榮の世界

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モノローグ

20200523土曜日

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最近小泉八雲に関する記事を新聞で読んだ。実はわたくしは小泉八雲には非常に親近感を抱いている人間の一人ともいえる。なにしろ十代の頃小泉八雲の墓のある雑司ヶ谷墓地に行き、お墓参りを何回も重ねていた。何故かと言えば、母が常に菊池寛氏の奥様と親しくしていただいた時期があり、盆暮れに何かしらの贈答品を「奥様にこれをお届けしてきなさい」と青森から送られたリンゴを十個包んで渡された。そのようにリンゴを持って雑司ヶ谷墓地を通って菊池家に伺っていたことが毎年年末にあった。どうして雑司ヶ谷墓地と菊池家が関連があるかといえば、当時菊池家のお屋敷は旅館のような大きな建物が二軒あり、一方は菊池寛先生の書斎、一方は菊池家のご家族のお屋敷であった。わたしたち家族は戦時中お屋敷に同居させていただいていた時期もあった。母が菊池家に何かを届けさせるために、わたしが使いに出されていたのだ。そしてその当時十代で怖さを知らないわたしは平気で暗い墓地を通って(菊池家は墓地の近くにお屋敷がある)行かねばならず、その度に墓地を歩く楽しみを覚えた。当時平気で「わたし墓地歩くの好き」などと言っていた。多分まだ幽霊とか存在しているかしていないか不明の生き物の存在を深く知らなかったためだろう。その墓地で小泉八雲の墓を発見して、通過する度に手を合わせていた。後に明治の歴史的人物もそこに墓があることが判った。有名な小栗上野介である。そのため通過する度に小泉八雲と小栗上野介の墓で手を合わせた。その後大川橋蔵の墓も夏目漱石の墓もあることが判った。今回はお墓の話だけになったが、人間どこでどう繋がりが出てくるか、長い間生きていると不思議なご縁を感じることもある。小泉八雲が日本にいた時代に彼が世界に日本のことを発信していたのだが、その事実はまだ広く知られていなかった。かなり時間が経ってからその事実が判明したようだ。別な機会に小泉八雲のことを書きたいと思う。
2020年05月23日 17:55