高杜 一榮の世界

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モノローグ

20200521木曜日

母は俳句を作るのを楽しみの一つにしていた。その当時有名だった女性の俳句界の大人物の会が定期的にあり、母は常にその会に出席することを誇りにしていた。その当時の母の俳句は手元にある。莫大な数の俳句を遺している。「かなかなや、遊覧船も帰り来ぬ」などたくさんの俳句を遺していたので、わたしも真似をして作っていたこともある。当時の拙い俳句がのこっているが、その頃は、一日に五十句も百句近くも作っていた。そうした大量生産が次第に自分でもいやになり、次第に遠ざかってしまった。母は亡くなるまで作っていたと思う。しかし俳句も短歌もわたしにはさほど心に響かず、小説を書く方向に向かっていた。母が生きていた時代に、母から譲り受けたものは、無形のものが多いが、母がわたしに言ったことで今でもありがたいと思っている言葉がある。「何でも興味を持つのは良いけど、一度手にしたことは絶対生涯離さないこと」この言葉が現在のわたしの宝になっている。母の遺してくれたものは数々あるが、この言葉が一番わたしを満たされた気分にさせている。そういえば母に尋ねられた言葉がある。わたしが結婚しても子を作らないと決めたのを、母が知り述べた言葉だ。「それは狡いよ。母親の子を思う気持ちを知らないで人生を生きるのは」今でもその言葉を思い出すが子を作らなかったことを悔いたことはない。理由は、おそらく気性の激しいわたしは、子育てに激しい感情を抱き、自分で子を殺しかねないと危惧していたことに「在る」と思う。
2020年05月21日 16:57