高杜 一榮の世界

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モノローグ

20200521木曜日

昨日父のことを書いたので今日は母のことを書こうと思う。父母を比べてどちらか好きかと言われると父よりも母を大好きだった。何故ならわたしを受け入れてくれたから。なにしろ父母が離婚した後、兄三人とわたしの四人は(特にわたしは)どちらにつくかで迷った。というのも父派と母派と別れてしまったためだ。父は練馬に、母は大塚に。そして父に引き取られたわたしは母の家と父の家とを往復していた。朝学校の教科書をかばんに入れて練馬の家を出て、学校にゆく。帰りに母の家に行き過ごす。母のところはアパートを一軒買ったばかりで、まだ何もなかった。四畳半と三畳の部屋が全部で十。四畳半にはガス水道がそれぞれついていて、自炊ができる独り者用の部屋ばかり。そこの一室の母のところに転がり込んだ。母は配偶者に娘の養育費を請求して拒否され、わたしの存在は迷惑だったみたい。だがおそらく母は別居後わたしの存在でいくらか明るい暮らしになったようだ。父に養育費を拒否されたわたしは母から「お父さんのところから米をもってきなさい」と言われスゴスゴと練馬に。あの時お米を風呂敷に入れているところを帰ってきた父に目撃された。父は黙ってその場からいなくなった。その後練馬の電車の踏切りのところで、ここに飛び込みたいと思ったほどショックだった。あの時から母を恨んでいた。あのような恥ずかしいことしたくないと思っていた。しかし母が米をもってこいとは二度と言わなかったのは良かったかも。父母の内どちらが好きかと問われたらどちらも同じと今は答えられる。今でも思い出すアパートの人にうるさいといわれるといけないので、雨戸をきっちりと閉めて母と二人で歌謡曲を一緒に歌って、二人で美空ひばりの歌などを高らかに歌っていた母とわたし。あの当時を思い出すと母が父から解放された喜びを鮮明に思い出す。今から六十年前の話だ。
2020年05月21日 08:39