高杜 一榮の世界

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モノローグ

20200207金曜日

自分の家は木造モルタル二階建ての古いアパートで、現在までに二回ほど改装している。考えてみたら、この建物はわたしが十六歳からずっとわたしをみつめてくれた唯一の証人ともいえる。わたしは六歳から十五歳まで六本木で育った。六歳の頃は百坪の土地の半分ほどある庭で山羊を飼っていたこともある。母は成長盛りの息子たちを立派な体格にしたかったらしく、山羊乳を飲ませた。当時山羊に縄を付け、山羊に草を食べさせるため、ひっぱって草を探して歩いたのは兄たちだった。その頃六本木は今ほど建物が建っておらず、母は六本木の十字路のそばの土地が売りに出ていたので「買おうか」と思ったらしい。だが売買条件があり、そこにコンクリ―トの建物を建てること、という条件だった。「鉄筋コンクリートなどは高そうだから無理」と諦めてしまったという。その後余っていた金で現在の横浜市の某所に土地を買った。その土地は今でも昔のまま、細い道を歩くとまるで軽井沢のような爽やかな土地ではあるが、値打ちはないに等しい。だがそばに警察の射撃場や温泉旅館らしき建物、最近は大学までできている。土地の「成長の仕方」は持ち主の好みによるが、この横浜の土地は母が別荘にしたかったために買ったのだが、今ではただのジャングルになっている。不思議と人間はどんな土地でも持っていると、自身は「土地持ち」という意識で満たされるらしい。母はそのために横浜という名がつく場所を買ったといえる。知人は「土地は誰でももらってうれしいものではない」と述べていた。それは全くいえてる。
2020年02月07日 20:27