高杜 一榮の世界

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モノローグ

20200202日曜日

最近理由もなく殺人を犯してしまう事件が多い。その中には一度殺人を犯してみたかった、という言葉を述べていた人もいた。それで思い出した。実は十九歳頃に親類になかなかハンサムな男性がいた。大体同じ年位だったと思う。彼は地方のかなり有名な大会社に就職し、その後南米のある地方の営業関係の部署で働くことになるのだが、どういうわけかつかず離れず交際が続いた。某県の某地で働くようになった際に「遊びにおいで」と言われ東京からでかけていったことがあった。母はその男性のことを遠縁の知り合いの人物と知っていたのでわたしの旅を許してくれた。今思うとかなり母の方針が良く判らないのだが、おそらくわたしがその男性と親しくなりすぎることはまずない、と踏んでいたのだと思う。わたしはその人が自動車製造販売の関連企業に就職したことしか知らなかったし、また「遊びにおいで」が何を意味しているのかも明確ではなかった。わたしがその地の親類の家から、待ち合わせの場所まで出かけて待っていると車で迎えに来て、そのまま車を走らせ午後から夕方まで車の中で話した。しかしそのまま車の中で話すだけで何事も起らず、時計を見ると真夜中になっていた。ところがどこにも行くわけではなく、そのまま明け方まで話してしまった。何を話したのか忘れたがすべて車の中で会話して数十時間が経過した。われわれはその会話だけで手を握るわけでもなく抱き合うわけでもなく、淡々と時間が過ぎた。つまり友達以上でも、以下でもない関係で時間が流れた。結局そのまま東京に帰った。それからお互いがそれぞれの相手と結婚した後まで友人関係が続いた。それだけであった。そして十年以上経過してから彼の妻から彼が亡くなったことを意味する葉書をもらった。今思うと、あの手を握らなかった夜の意味が何だったのか?何となく判ってきた。彼は一歩踏み込む勇気もなくわたしにもその勇気もなかっただけ。どちらかが踏み出せば何とかなった関係だが、それ以上何も起こらなかった。しかし後で彼がわたしの書いたものを読み、何か意味あることを述べていたのを記憶している。それが何であったのか不明だが、お互い愛し合う勇気も度胸もなく、お互いの成長を確認しないで時間が過ぎただけだったと思える。最初に殺人を犯してみたい人がいると冒頭で書いたが、彼が言っていた言葉がある。「殺人と銀行強盗を一度してみたかった」と。あの言葉に何があったのか、今もって何も判らない。
2020年02月02日 09:12