高杜 一榮の世界

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モノローグ

20200113月曜日

今現在ACERというノートパソコンで書いている。このACER調べみたら中国製のパソコンだった。しかし日本は島国で国土は狭い。その反面中国は日本の数倍の国土を持つ。今不思議に思うのは、中国の方々がこぞって北海道とか沖縄とか、かなり国の中心地ではない僻地を狙って中国籍の人々が買い占めているというのだ。中国の方々が土地を買いたいのは判る。なにしろ中国は国民に土地を売買するのを禁止していると聞いている。だから日本にきて土地を買いたいと思うのは理解できる。しかし日本の土地を買って日本人になりたいのか、それとも売買して儲けたいのか?どちらもなにか良く判らない。土地は人間にとって何か宝石以上の価値があるような錯覚を起こさせるような代物なのかもしれない。日本人の土地への執着と中国人の方々の土地への関心は同じではないだろう。ところで日本では買ったは良いが何もしないで放置された土地がたくさんあるらしい。子や孫もなければ継ぐ存在のない土地は可哀想な気がする。兄も母も土地を買った。そのためわたしには土地の権利書が束になってセーフティーボックスに収まっている。この前数えたら土地だけで数か所あり、中には愛知県や岐阜県の山の中の土地の権利書があった。調べたら山林で山崩れを防ぐ保存林らしい。普通の人には全く価値のないものになるような気がする。しかし土地を活かすも腐らせる(土地は生ものや人間と違って腐らないが)のも所有者の気持ち次第。しかし今思うと土地を所有するというのは人間の安心感につながっていたようだ。母は親類の集まる席でいかにたくさんの良い土地を持っていると、自慢していた。あれなども聞いた時は黙っていたが、今思うと何故か憐れで不憫な気になった。わたしは大切なものは脳に収めるという主義で、現実に失って落胆するものを持たないと決めている。それがわたしの生涯の変わらない方針であり、それがあるので宝石や衣服などに浪費しない。だが一番の悪癖は母譲りの土地への執念かも。何故中国の人が土地を買っているのを不思議に思うのかといえば、そのうち日本政府が「これこれの理由で土地の法律を変更する」などの新法が発布されたら、大枚かはした金かは知らないが払った金も宙に浮き、結局登記の紙だけが残ったということに絶対ならないとは限らない。そういう意味で中国の人びとは日本と日本人を信用しているのかもしれないが、時代が変われば何が起こるのか判らないはずなので、用心すべきだと思う。なにしろ令和の時代には良いことも含めて特別何かが起こりそう。
2020年01月13日 09:03