高杜 一榮の世界

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モノローグ

20191210火曜日

人生で悩むことは多い。だが悩みがまったくないに等しいがいつも悩んでいる状態が継続する。理由は不明。人間のそれは本来持っている性(サガ)らしい。若いころ、今よりももっと悩みがなかったはずなのに悩んでいる時期が多かった。それもかなり小規模なことで悩んでいた。あまり書きたくもない話だが、離婚した母が別れた夫に対して不愉快な心境にいたためか、わたしにある日宣言した。「お父さんのところからお米を持ってきなさい」実は父母は離婚した後、六本木の土地つきの家を売ることにし、売った額を半分にして別けて離婚した。つまり土地が売れたから別れることができた。父母は四人の子供をいかに二人で別けるか考えたのかもしれないが、息子三人は父が扶養し、娘は母が扶養すると決まった。つまり父は娘の扶養はあまりしたくなかったらしい。一度は兄たちと父と一緒に暮らしたがわたしにとっては、母のいない家庭は居心地が悪かった。それで毎日母の住む豊島区の家に出かけ、学校のカバンを置き、寝泊まりした。学校と父の家と母の家と交互に通っていた。そのため嫌われたと思った父は、娘の養育は母に任せると宣言したらしい。母親は養育費をもらっていないから、悩んでいたらしい。ある日母はわたしに言った。「お父さんのところからお米をもらってきなさい」父の家なら兄たちがいるのでお米はたくさんあるだろう、と踏んでいたのかもしれない。聞いた途端嫌な気分がした。父の家に米をもらいにゆくなど青天の霹靂どころか、搔き曇った天が裂けて火の玉が落ちてくるような気分がした。わたしは重い気分で西武線の電車に乗り、豊島園に向かった。着くと長兄も次兄もいなかった。台所に入り、米櫃を探した。ある場所は分かっていたので、アルミの米櫃の蓋を取り、米を手で握り、持って行った風呂敷に入れた。米が風呂敷に落ちる音が聞こえた。突然玄関に音がした。誰もいないと思っていたが、誰か帰ってきたらしい。わたしは見られるのを憚り、立ち上がろうした瞬間父の姿が見えた。父は米櫃を見て理解したらしく、眼前からすぐ消えた。風呂敷を縛り、駅まで歩いた。西武線の電車に乗った時、人生で一番いやな気分を苦々しく味わっていた。不思議と父に怒りはなく、米を取りに行かせた母を呪っていた。その後母を好きだったわたしは、父のことはそれほど悪く思わなくなり、結婚というものを深く理解できるようになって行った。母に米を持ってきなさいと命じられるほど、父母の離婚後は貧しかった。

 

2019年12月10日 15:24