高杜 一榮の世界

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モノローグ

201181122木曜日

今朝津川雅章と朝丘雪路の合同葬儀の模様をテレビで観た。出席者それぞれが二人の思い出を語るという豪華な葬儀で、なかなか娯楽性の高い葬儀だった。だがそれを見ていて、葬式嫌いで遺言に葬式はしないで欲しい、と遺したいほどだった自身だが、こんなに楽しい笑いに満ちた葬式なら許せると思う。だがこの二人のように豪華な華々しい人生ではない自分があれと同じにして欲しいなど希望を出すことはできない。自分なりにさりげなく消えたいので、あれならやっても良いなど贅沢な希望を出す必要はない。しかし人間とは非常に面白い生き物らしい。動物と人間の違いは葬式を出すか出さないか、の違いではないのかと思える。どういうわけか人によっては華々しいお別れをしたいという人間が多いように見受ける。葬式は結婚式とほぼ同じで見栄の土台の上に立っているものかも。見栄っ張りではないと自分を思っていたが潜在意識の中に何か不思議にムズムズするものがありそう。客観的に自分を観れないので、まだ枯れてはいないらしい。水っぽい枯れ葉か?そういえば葬式嫌いになったのは、過去に葬儀業の知人が「葬儀は安くすれば安くなる」と言われたことがあった。その影響で母も兄の葬儀もそれぞれかなり安価に値切って節約してしまった。あの世で二人とも「カズエコはケチ」と愚痴をこぼしていそう。だから自身の葬式は極めて質素にして、ただ焼き場の費用だけにさせなければ・・・。

2018年11月22日 08:25