高杜 一榮の世界

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モノローグ

20160317木曜日

今日は時々皆が使っている「ホニャララ」について書いてみたい。ホニャララが出て来てどのぐらいの月日が経ったのか知らないが、どうやら定着したみたいです。しかし意味は曖昧なことを指すすべてのことを意味するらしいが、まだ良く把握できていない。広辞苑にのっているのかどうか調べたい。こういう新語は日本ではいつのまにか定着してしまうらしい。フランスではそうはいかない。アカデミー・フランセーズが厳しくとりしまっているようだ。今WEB上の辞書でしらべたところ「伏字部分や、穴埋め問題の空白部分を読むときなどに用いられる語」と出ていた。つまり「斯く斯くしかじか」とか「などなど」という意味もあるし、曖昧な実態を総称する言葉かもしれない。こうしてホニャララが広辞苑に載ることになるのだろう。すでに載っているかもしれない。言葉とは生き物で人間のように成長して、そのうち老化して死語になるのもあるはずだ。
 
ところで、話は変わるが以前車を運転していて、後ろで何か音がしたが、後からそばに寄ってきた運転手が降りてくれと言った。それで何か嫌な予感がしたので、そのまま無視して突っ走ってしまった。なにしろ事故を起こした感覚はなかったので、気にしなかった。それに何となくやくざっぽい感じがしたのだ。ところが車をある店から借りていたために、そのルートで追跡され、連絡が入った。そして「とにかく会社に帰って相談しますので、後でご連絡します」というので待っていたが、その後連絡もなく終わった。車の運転では最初の頃かなりいろいろと細かいトラブルがあった。今は何事もおこっていないが、免許返還しなければならない時が来ると思うと何となくブルー。理由は年を取ってからようやく取った免許証なので離れがたいのだ。自分はアメリカの80歳のおばあさんがアメリカ大陸を車で横断してニューヨークから反対側の街に住む孫に会いに行く、という話を聞き、その素晴らしい雄姿に憧れた。自分もやってみたいと思っているのだが、果たしてどうなるか疑問。やろうと思えばやれると思う。日本列島の北海道から九州までの長距離などは無理だが、端から端までやってみたい。
 
 
2016年03月17日 10:43