高杜 一榮の世界

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モノローグ

20171128火曜日

北海道札幌において十二歳の少年が二十代の女性を刃物で刺すという事件が起きた。少年は「人を切ってみたかった」と供述しているという。ここで自分の意見を述べたい。人間は性的な成長をある程度達成すると、肉体が性的欲望に煩悶することになる生き物である。つまり肉体が熟すと、性的欲望の最盛期を迎える。そうなるとどうなるかといえば、性的衝動で身体が勝手に動き出し、日頃考えている以上のことを成し遂げたいところまで行ってしまう。人間を殺すことになるとは思えないで刃物で女性を刺してしまった。ここで彼は自分が刃物を持って女性を刺すことが殺人になるとは、想像できていなかった可能性がある。刃物は性的成長の延長線上に出て来る必需品になってしまう。成長すれば女性を愛する方向に熟する。だが一方肉体の方は熟すが脳の中はそれが殺意に繋がる危険性を孕んでいるのを知らない。または微かに判っていても、停めようがないほど「成長してしまう」のだ。性的成長が殺意へと熟してしまうのは、当然のことだが、意外に知られていない。つまり男性の性的成長は殺人行為に近接する可能性が高いパーセンテージになるともいえる。家庭で男の子を持つ父母は特に、この性的成長の監視役にならなければならないが、父親は意外のこの面での見守り役を率先して手掛けるという意志がない。自分の青春時代を思い出し「勝手に成長するはずだからそれほど心配しない」というほどの「緩み具合」だ。息子が女性殺害をしてしまう父親は自身の青春時代と較べて「ま、大丈夫だろう。オレはあの当時普通の男として成長していたし、絶対刃物で異性を傷つけることはしない筈」とそれほど気にしていない。誰しも自身の息子が刃物で異性を殺すなど考えたくはない。想定外のことらしい。性欲または愛が殺意に繋がっているというのは判るようで理解できないといえるが新聞には「愛イコール殺意」という図式の事件が載っている。人間はそういう類の生き物なのか?これは真面目に研究すべきテーマでは?
2017年11月28日 07:07