高杜 一榮の世界

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モノローグ

20180519土曜日

この前新潟の小学二年の女の子が殺害され遺体となってみつかった事件だが昨日容疑者が逮捕されたとTVで報道していた。23歳の青年だ。顔をテレビで見ると大人しそうな優しい顔だ。彼が犯人であるというのを、知って驚くしかない。しかし残虐な児童殺害事件をした人物が優しい顔であるというのは、何故か言葉に窮するし、なおかつ知っているあの人に良く似ている、と恐ろしくなる。実に表現しがたいものがある。嘘かも知れない、と思えるが真実に違いない。逮捕前も幼い女子に手を出して悪戯しかけて逮捕されていたばかりだという。しかし親御さんはどう思っているのだろう?一番死にたいほど悲しくて仕方がない人が二名がいる。犯人と被害者の親御さんの二名。犯人の逮捕があっても、まだ恐怖感がなくなったわけではなく、同じような犯罪に手を染める予定があると思しき人物が存在するという情報が厳然としてあるようだ。どのような対策が必要かといえば若者への「性教育の徹底的な見直し」としかいえない。日本の性教育はほとんど未開の印象しかない。性教育を真摯に取り組み、自身の子を正しく導いている父親は現在100人中どの程度いるだろうか?昔も今も性教育に真面目に取り組み実践してきた人は極めて少ないと感じる。息子が突然警察のご厄介になり、痴漢や、幼い子へのわいせつな行為をしたなどの罪状で呼びだされて初めて「自身が息子に真面目に性教育を施していなかった」と気付いた。こういう親が99パーセントだろう。それほど真面目に取り組まなかった理由には、性を教えるという教育をされていないからだといえる。親もまた「性教育不毛時代」の迷える子羊といえる。不毛時代というのは、昭和の昔はエログロなどの言葉があるように、メディアが勝手に作り上げた「無責任な垂れ流し」の結果がそこにあると言いたい。模範的な性教育の出来た親は例えばこんな具合だ。テレビドラマに出て来るキスシーンや性行為のシーンを見てチャンネルを切るのではなく「こういうドラマで育つと性的な感性が歪む」または「全うな成長をしている青年はこういう場面から性を学ぶかもしれないが、現実はこうではない、お前は良い指南本を読んで勉強しなさい」などと一言述べ、性を語ることのできる親になるべき。息子から質問が来た時はまっすぐ対応する。それが犯罪を生まない家庭を生む。なおかつ性犯罪で逮捕された犯人がテレビに映じたら「今日はこの犯罪について話そう」と親から提案して意見交換をする。そういう会話が日常的に交わされていたら、性犯罪の重き部分を理解していける筈だ。息子と同じ程度の性教育の理解力であれば、親も良い機会だから学ぶことが出来る筈だ。日本人は「性」に対して含羞が多く、アメリカ人などのようなあっけらかんとした開放感がない。その分犯罪率も異なって来る。だが彼らを真似たところで性教育が正確に施されるか、は不明だ。ともあれ親子揃って勉強しなければならない喫緊の問題といえる。
追記:このところ家人の入院などで多忙のためこのコラムをに長期にわたって休憩しておりましたことをお詫びいたします。
2018年05月19日 05:40