高杜 一榮の世界

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モノローグ

20180727金曜日

最近気になっていることがある。それは例えば都庁のトップである都知事小池百合子氏の写真の眼の部分に画鋲が刺さっていたことだ。あの行為は個人的な恨みかそれとも存在自体が不快なのか、どちらなのだろう?見ているとその画鋲を刺した人物の貧相な人生と中身のない脳の無様さだけが感じられる。その画鋲が自分の姿を映し出しているのを知らないのかも知れない。ただ画鋲を刺しただけだと本人は思っているかもしれないが、全くの会ったこともない他人が、その貧相な脳の中身と知性とはかけ離れた品性を、この人は無価値な人であり、他人から覗かれれば際限なく罵られる類の人物、と見られることをまだ判っていない。そのため気楽で居られるということだ。その当人よりも遥かに人格者の人物の写真の顔の眼に画鋲を刺すということが、あなたの貧相な現実を多くの人に知られてしまうことになる。よく理解して欲しい。自分に子供ができ、そういう人間になっても良いと思えるなら、画鋲を買い続け、際限なく同じことを続けてください。誰もあなたを尊敬しない。ただあなたの脳の貧相さを世界の人が眺めているだけだもっともそういう類のことしかできない人は、自分の姿を全く見えないだろう。もう一つ気になる事を書く。有名人や俳優女優などのサインを欲しがり行列を作ってまで手に入れる人びと。サインを書いている人たちは「こんなに人気が出て嬉しい」とは思うが、一方真面目で真剣に人生を歩いている人から見ると「何故ただのサインをこうまで並んで欲しがるのだ」と気になる筈。「サインを欲しがるのは全く教養のない行為」と言いたい。人生のうちでそれがどれほどの重要なのか不明だ。あの長蛇の列を作り、サインを欲しがる行為は、人生の中でそれほど無駄なことはない、と言いたい。そのような時間があるのであれば、サインを欲しがるその心理をもっと研究するべきではないか?サインを欲しがり、またサインを持っている人からそのサインを盗んだりする人がいる。それも貧相な人格のなせる業かもしれない。サインは何が重要なのか?将来それを売れるかもしれないと思って集めているのであれば、貧乏根性と言いたい。もっと自身の心身から重要な発想を生み出して欲しい。とはいえ全く皆「深いこと考えないで、なしてしまうこと」が多いのかも知れない。
 
2018年07月27日 21:37