高杜 一榮の世界

WELCOME TO TAKAMORI COLLECTION

0253s

高杜 一榮の世界 ≫ 高杜一榮のモノローグ ≫

モノローグ

20191203火曜日

最近幼い少女がいなくなる事件が多い。しかし何故誘拐されるのか、不思議に思う。犯人のプロフィールが出ているのを読んだが理由がいろいろあるらしい。1)両親が離婚して一人だけになり、寂しいので話し相手が欲しかった。2)女性とつきあったことがなく、大人の女性と話ができない。3)会社勤めを辞めて、親が金持ちなので家にいて何もしていない。4)お見合いしてもまとまらず、女性に嫌われることが多い。等々と理由がいろいろとあるらしい。しかし幼い子を連れ帰り自分のところに住まわせ暮らすことが犯罪になると思わないのは、やはり社会性がゼロであるためなのか。両親が離婚し、といえば自身のことになるが父母が離婚したことで被った痛手はあった。あの頃そういえば西武線の電車の踏み切りの前で電車が来たら飛び込みたいと思ったことがあった。離婚した父母からこうむったはっきりいえば被害の一つになるだろう。そう思って電車に飛び込んでいたら今の自分はない。あの時になんでそういう気持ちになったか、といえば母から父の家から〇〇を取ってきなさいと言われたことが原因である。わたしが出している電子本の中にその経緯が書かれている。あの頃離婚して辛酸を舐めたのは娘のわたしだけで、父を嫌いでなかった兄たちは父母の離婚に全く傷ついていなかったらしい。今となっては父母の離婚は本当の離婚にならず、父母たちは籍がそのままで別居して暮らしていた。
2019年12月03日 06:28

20200117金曜日

最近ある場所でエレベーターに乗ったら、出口に近い場所に立っていた男性の視線を感じた。怒りの顔だった。何故怒っているのか分かった。自身がエレベーターの階数のボタンに手を伸ばして押そうとしたことが原因だったらしい、つまりエレベーターの操作をするボックス(階の数字を押す面)を触ろうとしたことが原因だった。どういうわけか、その機械の前に立つと自分で操作することに余計な神経が働くようだ。例えば運転をしていて、そばでそうじゃないよこうだよ、とハンドルに手を伸ばすのに似ている。自分が操作しているのに他から手が出て自分が邪魔だと言われると誰でも怒るかもしれない。男性と女性と比べるとおそらく男性側がこの種の主導権を持ちたがるかもしれない。主導権は結構人間世界では重要な計測機能があるようだ。女性は主導権とは無縁であったが、戦後それが急速に女性側に増加してきているらしい。そのため主導権を奪われてしまう場面が多くなると、男性はこめかみに怒りの印を浮かべる。女性は長い間主導権なしで来たので、奪われてもそれほど逆上しない。ところが日頃主導権をより多く奪ってきた男性側は女性との比較判断の瞬間に敏感に反応する。それは能力のない特別才能のない人ほど、主導権に対する感性が研ぎ澄まされている。つまりエレベーターのあの階数ボタンを操作する際に、女性がそばでしゃしゃりでると、こめかみに青筋が立つ人もいる。女性は長い間下の地位にいたので、それほど主導権に目くじらを立てない。かえって目立たない地位にいた方が楽と最初から出過ぎた行動に出ない。良く考えると令和は男女差の大いなる改革の時代になりつつあるのかもしれない。
2020年01月17日 17:28

20190610月曜日

父の日になると思い出すのは数十年前の父の日のことだった。珍しく父から電話があり、会いたいと言うので六本木のアマンドで会った。当時父母は離婚すると言って、離婚届の用紙をそれぞれ署名し、その後別居していた。兄が離婚届がどうなったか尋ねると、母は父に渡したと述べ、父は母に渡したと述べた。そして双方、夫婦の戸籍はそのまま生涯を閉じることになった。自身が十五歳の頃で、父から電話があったのは十五年以上も経過してからだった。「会いたい」というので何故か父を不憫に思ったのかもしれない。アマンドで待つと父はガラス戸の向こうでわたしを見つけると満面の笑顔になった。父が父の日に電話をしてくるというのは、在り得ない。大体不仲の親子が会うとなればそれが父の日であれば、仕方がない。父とわたしは限りなく疎遠であった。とにかく父が嫌いで自発的に会いたいという気持ちがなかった。そのため父の日はまるで父とわたしのために設定されたのかもしれないと、思えた。実際自ら会いたいなど一切思わなかった。かなり父を嫌っていたのだ。世の中不思議なもので、その大嫌いという感情が摩訶不思議な具合に変化することもある、と後で考えることになった。アマンドのガラスのドアの向こうに、いつも無愛想な父が笑顔になっていたことが、この上なく仰天するほど珍事だった。よほどわたしに会いたかったのか、それとも何か特別な理由があるのか。なにしろ父は働かない三人の息子を育てていたから相当経済的に大変だった筈。父は挿絵画家として戦前戦後かなり有名だったが、その頃は仕事を取るために出版社を回って挿絵の仕事を探していたという。わたしは「父の日なので何か買いたかったけど何を選んだら良いのか全く判らなかったので」と金の入った封筒をテーブルに置いた。父は笑顔でそれを受け取り、封筒を胸のポケットに滑り込ませた。その後わたしの顔をじっと眺めていた。父は何も大した話もしなかったので、自然に母のことを打ち明けた。母と喧嘩したことを話すと「おかあさんのことをそんなにいうものじゃないよ」と述べ母の肩を持った。同調してくれると思ったが離婚した母の味方につくとは思わなかったので内心びっくりした。父はわたしの顔を見て笑顔だった。母に似た顔をしていることに気付いたのだと思う。わたしの顔を穴のあくほど見ていた。その父が亡くなったのはそれから数十年後だったが、父の葬式が終わって家に帰り、一人座っていると、涙がこぼれ、泣くことの少なかったわたしがその日から一週間毎日泣いていた。夫は海外出張だったので、誰も父の葬儀の後泣いたわたしを知る人はいなかった。その後の母の葬儀にも泣かなかった。そのわたしが父の死後、一週間泣き通したのは自分でも内心驚いている。父の日の袋に入れた一万円札を二枚にすればよかったと今では思っている。父と母のことはそれから数十年経過してからようやく判った。結婚と夫婦というものを良く理解できたのは50代過ぎてからだった。父のことで思い出すことがあった。母が離婚してからわたしが母の元に同居するべく住み込んだのだが、最初は母は父から娘の養育費を貰えなかったため、わたしに「お父さんのところで米を貰って来なさい」と命じた。内心ショックだったが仕方なく父の家に行った。誰もいなかったが、米櫃を開け、風呂敷に米を入れている時、玄関で音がした。気が付くと父が立っていた。父はわたしが米を取りに来たことを判ったらしく黙っていた。戸を閉め帰る道で電車の線路が見えた。何故か悲しくて不愉快で電車が来たら飛び込もうと思っていた。それほど米を父の家から盗んだような恥ずべき行為が嫌だった。その時母を憎んだが父を憎むことはなかった。父の葬儀の後の滂沱の涙をだれも知らない。母さえ知らなかった。あれは大嫌いだった父のことを死んだ後はっきりと把握できたために泣けたのだと今では思える。つまり嫌いだった父を理解できた時に涙が流れたということになる。
2019年06月10日 14:45

20191130土曜日

20191130土曜日
実を言えば十代の頃眼科に通うことが多かった。眼科に通っているうちに妙な癖がついた。その癖が水玉模様が嫌いになる癖だった。眼科では小さな容器に目薬を入れて渡された。それを一日数回眼に注ぐ。ただそれだけなのだが、その後外を歩くとすべての景色が歪んで見えるようになった。景色が水玉模様になってしまうのだ。その後その原因が分かった。水玉模様になった原因は処方された目薬に油性の液体が混じっていたためだった。知らないうちは目薬をつけると必ず景色が水玉模様になってしまう。あの世界的芸術家の草間彌生氏の絵画のようですべてが水玉模様になり、何を見ても景色が水玉模様になってしまっていた。そのうち薬のせいだと判明してからはそれほど怖くなくなったが、今でも水玉模様を見ると、微かに不安感を感じる。目薬にも気を付けないと、と思うようになっていた。草間氏には悪いが描かれた水玉に恐怖を感じたことがあるが申し訳ない。
 
2019年11月29日 18:36

20190603月曜日

最近米国の国防長官パトリック・シャナハン

(Patrick Michael Shanahan)が、アジアにおける中国の逸脱行為(南太平洋における海域の軍事化など)を非難するコメントをアジア会議で発表した。近年隣国の主権を脅かしているとして中国に警告するとともに、アジアの安定を保つため米政府は今後5年間で新軍事技術への投資を行うと述べた。世界中から国防相や軍幹部が集まるアジア安全保障会議では、米中関係が最も注目を集める話題になるとみられている。(以上ウイキペディア参照)
正に「天網恢々、疎にして漏らさず」ということになる。誰も不正を無視し続けることは出来ない。なおかつ不正は放置せず、即刻対処すべき。
2019年06月03日 07:48

20191128木曜日

今さっきようやくwordpadで開ける道ができ、万歳。これから迷うことなく仕事できる。今まではマイクロソフトのデバイスの開き方で四苦八苦し、今さっきあの苦しみから抜け出られました。なにしろマイクロソフトの使用にはまずサインインしなければならず、したらしたで毎回
「メールアドレスは?」「パスワードは?」と毎回うるさくてうるさくてはっきりいえば、張り倒したい気分になっていた。今日からワードパッドで自由に書けるから本当に嬉しい。しかし以前のパソコンではこういうソフトがらみのうるさいアプローチはそれほどなかったのに、どういうわけか最近は相当パスワードがまるで他国に入るパスポートのような存在で、その執拗さ、微に入り細に入りうるさくつきまとう。はっきりいえばパソコン時代になる前のフロッピーをお煎餅のように重ねてカサカサと鳴らしていたあの時代の「楚々とした」「かわゆらしい」雰囲気などなく、まるでどこかのならず者風のしつこさと獰猛さを兼ね備えておられるようだ。そのため新しいパソコンのACERでよろよろ、トロトロ、あっちにぶつかり、こっちで蹴られ、満身創痍で生き延びてきたのです。しかしパソコン創成期のあの雰囲気が懐かしい。パソコンが優しかった。最近のパソコンは「なんでトロトロしとるんだ!」「だからさっき教えたばかりだろ!」と言いたげな感じで怒鳴られる。本当に大変な思いをした。ワードパッドで書けるようになったので、もうMの字のつくデバイスは当面使えないほど疲れている。しかしこのACERちゃんは面白い。時々「どうしました?」「分かりますか?」と尋ねてくる。「わかりません」と回答すると、微に入り細に入りうるさく付きまとい、まんぞくしていないかどうか、心配なのか、担当者を出しますだとか、または「ご感想をどうぞ」「これからどうすればよいか教えてください」と頼まれたのだが、あまりにも頭に来たので「ご自分で考えたらいかが!」と吠えてやった。今後虐められるのを承知で書いてしまった。しかし満身創痍の自身にしてみれば、その位吠えても良いぐらいの眼にあったのだから仕方ない。なんでも創業時代は大変ですよ。ともあれ新しいわたしのショップがインターネット内に誕生したます。開業日にはまたお知らせいたします。

 
2019年11月28日 14:01
2019年11月28日 14:00

20191128木曜日

2019年11月28日 13:59

20191128木曜日

2019年11月28日 13:58

20191128木曜日

2019年11月28日 13:56