高杜 一榮の世界

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モノローグ

20200130水曜日

このところ多忙だったが、ある事情で暮らしのリズムを変えた。ところでなつきが家でニャーニャー鳴かないのだが、当たり前。彼女は生まれつき聾唖に生まれた猫だった。最初は気付かなかったが、友人は「彼女は鳴かないよ」と教えてくれた。わたしが抱き上げて頬を寄せると、口を開け空気だけを出し、返答する。彼女はわたしに相槌を打っているのだ、と開いた口からのため息のような空気で感じることになっている。その口から漂う空気で彼女の返事を知る。最近では慣れてしまった。普通の人間の親だったら不憫で涙を流していたはずだった。だが彼女が猫なので、それほどの悲哀を感じない。しかし一応二年間位の小さな絆をもっている彼女とわたしは一方的な会話をして、満足している。たとえばわたしが抱き上げて「お互い年取ったら、一緒に生きてゆくのだから、頑張ろうね」と抱きしめると、彼女は嬉しそうにわたしの愛撫に応えてくれる。彼女の本当の言葉を聞けないが、それは贅沢、というものでこれからも一方的会話だけで通じ合う。仕事で遅くなり、帰ると彼女は飛ぶように走ってきてわたしの胸に飛び込んでくる。朝出かける時も、食事(エサとは言わない)をしているときに、顔をあげわたしが出かけるのを感じていてもそのまま食べ続けている。どんなことがあってもわたしのところに帰ってくるのだが、雨が降ったりすると、家から出さないようにしている。そうでないとずぶ濡れになり、風邪をひかせてしまう。最近は慣れてきたのだが、雨になると抱き上げて窓を開け「ほら雨降っているから今日は外にいけないよ」と言う。すると数分経ってからまた同じようにドアの前に座って「外に行きたい」と意志を表す。大体三回ほど抱き上げて窓を開けて外の雨を見せるとようやく理解して部屋の隅で爪とぎ、身づくろいをしている。そんな彼女が愛らしい。猫でさえこんなに愛しいのだから、人間だったらどうなるだろう?と首を傾げる。しかしわたしは子を作らないで良かったと思うことが多い。その理由をまた今度機会があった時に書く。
2020年01月30日 16:05

20200127月曜日

寒いのは苦手だが、暑いのはどの位暑くても大丈夫。その上この日本の猛暑でもエアコンなしで暮らしている。それは十代の頃某大企業で働いたことが基因している。あの当時エアコンの聞いたオフィスで仕事をしていたのだが、毎日冷房の室内で仕事しているうちに冷房病になってしまい、一週間ほど休んだ。冷房で体調が狂ったが、どういう症状だったか、記憶にない。おそらく普通の仕事ができないほど衰弱してしまったのだろう。治ってからまた出社した。その時の影響で冷房を嫌うようになり、どんなに暑くても絶対冷房を使わない。そのため冷房が苦手。どのように猛暑を過ごすかと言えば非常に簡単。タオルを数枚水で濡らし、そのタオルをビニール袋に一枚一枚入れて、冷蔵庫に積んでおく。暑くなるとその冷たいタオルを首に巻き、仕事をする。タオルが温くなってきたら、水で洗ってまた袋に入れて冷蔵庫にとっておく。そんな暮らしで過ごしていて冷房代はゼロ。変人といわれようが奇人と言われようとそのスタイルを変えない。そのため猛暑には全くめげたことはない。多分こういう冷房対策をしているのはわたしぐらいだと思う。おそらく死ぬまでこのスタイル。だからうちに遊びにきても残念ながら冷房なし。本人が猛暑に慣れ、自分の冷房スタイルを好んでいる以上変わらない暮らし。わたしって異常でしょうか?しかし地球温暖化の時代なのでわたしの暮らしはおそらく理想的ではないかと思う。
2020年01月27日 07:12

20200125土曜日

以前から思っていたのだが、地球の温暖化で皆おそらく「自分の生きている時代にはそれほどの変化が来ない」「なるようになるさ」など諦観と緊迫感の欠如などの反応だけで対策を持とうという気配はない。しかし最近思うのは一度地球をリセットする意味で、世界の進歩や改革などを一時停止し、文化やすべての進歩を止めてしまい、点検してみた方が良いのではないか、と思う。人間も機械も一度止めて状態を判断するのが普通だ。だが大自然の一部である馬鹿でかい地球は扱いにくいためにまだ着手していない。そのため誰も地球の動きを止めるほど大規模な点検を考えない。それはゆくゆく地球の滅亡を想定していないスタンスかもしれない。だが地球の総点検を実行しなければ今後地球のたどり着く「未来」がどうなるか把握のできない。それで地球の総点検の意味で世界の暮らしと文化程度を1800年代に戻して一度リセットしてみてはどうかと思う。そのような動きで何か大切なものが見えてくるはずだと思う。地球の総点検、全体の総停止でおそらく新しい地球の時代が見えてくるのではないか?そう思う。自身は一度江戸時代に戻って暮らしてみたらどうか、とかねがね思っていたので、実行してみたいと思う。電気もガスも飛行機も車もない時代に戻ってみれば、おそらく空気も清らかになり、戦争も自然になくなるという変化があるかもしれない。
2020年01月25日 09:18

20200224月曜日

特殊詐欺という名前らしいが年寄りを騙して大枚をむしり取った犯人が捕まったらしい。だがほんの一部だろう。詐欺の片棒を担ぐ者は次々と出てくる。自身は絶対騙されないと自信があるがそれも相手によっては、意外と簡単に騙される可能性がある。ここで言いたいことがある。最近、自身は非常に幸せを感じている。何故なら騙されるほどの額を所有していないから。相手が凄腕でも金を持っていなければ騙し取ろうとできない筈。金がないことで幸せを感じることができるのを初めて知った。そういえば亡くなった母は当時流行した金を買わせる詐欺に騙されかなりの大枚を失った。その時学んだことは、金をため込んでこれ以上増やしたいと思うと詐欺にひっかかる可能性大である、ということ。母が騙されたために、その後生きている限り「持っている金を増やそうと思わないこと」「無くなったら後悔するほどショックな眼に遭わない」と決意した。例えばダイヤの指輪、金のネックレス、高価な真珠のネックレスなどの高価なものを持たないことを決めていた。
2020年02月24日 19:20

20200118土曜日

今日雪の日。それを猫は知らない。そのためわたしが溺愛するナツキちゃん(メス)はいつものように食事(エサを食べたなどと彼女の心を傷つける言葉は使わない)をしたら、その後必ず外にでてゆく。決まって朝食後、昼食後、夕食後は外出するのを日課にしている。それを止める理由はない。しかし今日は雪が辺り一面降っている。こういう時は人間だとて、そう外には出ない。だがナツキは全く理解しない。それで抱き上げてその柔らかい身体を胸のあたりまで持ち上げ、窓を開け、外を見せてあげる。「ほらね。こんなに雪が降っているのだよ。だからナツキちゃんは出られないの」「出たら風邪を引いてしまうから危険なの」と解説する。だが人間の子供であれば、少しは理解してくれるのだが、彼女はまだ若い猫なので、わたしの言葉を理解しない。どうしても外に出ていきたいという風にわたしを振り返る。その都度同じことを繰り返した。窓の外に、または玄関の外に抱きあげて、連れて行き、解説する。するとようやく理解したのか、寝床の上に横になり、全身のお手入れをはじめた。毛づくろいを始めたので、ようやく安堵してこれを書いている。この子を飼い始めてから一年ちょっと経過しているのだが、自身は時々彼女に話しかける。「なっちゃんは猫、わたしは人間」「でも一緒に暮らしているので、もしかしたら来世はなっちゃんが人間で、わたしが猫ってこともあるのかもしれないのよ」と話しかける。しかしその会話も空しく消えて行く。来世でなっちゃんに出会えたらそれは奇跡ともいえるだろう。彼女と全く噛み合わない一方的な会話をして、最後は彼女が諦めたかのように寝そべっているのを眺める。彼女はすでにわたしが何を話し、何を考えているのかもしかしたら知っているのではないだろうか?雪の日の奇跡的童話がまるで小さなマッチの火のように生まれていた。なっちゃんには日頃精神的に助けられているが、彼女が実際わたしの言葉を理解しているような気になるのだけは、まだ解明できていない。ところで話は別だが、テレビで芸能人の歯が異常に白くなっているのを時々みかけるが、それほど気にはならないが、何だか「やり過ぎ」に思う。話は変わるがテレビで巨大なブリがたくさんならべられてセリにかけられているのを見ると、人間の権力の凄さを感じる。ブリに同情している自分がいる。ブリは食べることがあるが、あれを見るとブリを食べたくなくなった。可哀想で仕方ない。アウシュビッツの人間迫害の光景をみるのと同じようなショックがあった。わたしだけの感性なのだが、ブリを並べている人間の醜さを見た、という感じ。わたしの感想はおそらくノイローゼとして把握されるだろう。
2020年01月18日 13:23

20200113月曜日

今現在ACERというノートパソコンで書いている。このACER調べみたら中国製のパソコンだった。しかし日本は島国で国土は狭い。その反面中国は日本の数倍の国土を持つ。今不思議に思うのは、中国の方々がこぞって北海道とか沖縄とか、かなり国の中心地ではない僻地を狙って中国籍の人々が買い占めているというのだ。中国の方々が土地を買いたいのは判る。なにしろ中国は国民に土地を売買するのを禁止していると聞いている。だから日本にきて土地を買いたいと思うのは理解できる。しかし日本の土地を買って日本人になりたいのか、それとも売買して儲けたいのか?どちらもなにか良く判らない。土地は人間にとって何か宝石以上の価値があるような錯覚を起こさせるような代物なのかもしれない。日本人の土地への執着と中国人の方々の土地への関心は同じではないだろう。ところで日本では買ったは良いが何もしないで放置された土地がたくさんあるらしい。子や孫もなければ継ぐ存在のない土地は可哀想な気がする。兄も母も土地を買った。そのためわたしには土地の権利書が束になってセーフティーボックスに収まっている。この前数えたら土地だけで数か所あり、中には愛知県や岐阜県の山の中の土地の権利書があった。調べたら山林で山崩れを防ぐ保存林らしい。普通の人には全く価値のないものになるような気がする。しかし土地を活かすも腐らせる(土地は生ものや人間と違って腐らないが)のも所有者の気持ち次第。しかし今思うと土地を所有するというのは人間の安心感につながっていたようだ。母は親類の集まる席でいかにたくさんの良い土地を持っていると、自慢していた。あれなども聞いた時は黙っていたが、今思うと何故か憐れで不憫な気になった。わたしは大切なものは脳に収めるという主義で、現実に失って落胆するものを持たないと決めている。それがわたしの生涯の変わらない方針であり、それがあるので宝石や衣服などに浪費しない。だが一番の悪癖は母譲りの土地への執念かも。何故中国の人が土地を買っているのを不思議に思うのかといえば、そのうち日本政府が「これこれの理由で土地の法律を変更する」などの新法が発布されたら、大枚かはした金かは知らないが払った金も宙に浮き、結局登記の紙だけが残ったということに絶対ならないとは限らない。そういう意味で中国の人びとは日本と日本人を信用しているのかもしれないが、時代が変われば何が起こるのか判らないはずなので、用心すべきだと思う。なにしろ令和の時代には良いことも含めて特別何かが起こりそう。
2020年01月13日 09:03

20200112日曜日

そういえば痴漢を殴ったことがあったのを不意に思い出した。高校生の頃豊島区から港区まで通っていた。大体朝の混雑では体がびっしりと押し付けられ、痴漢をする者にとっては最適な環境が山手線の池袋から渋谷の間にあったらしい。自身が男であったとしたら、痴漢をする男性になっていたかといえば、多分そういうことはしなかったと思える。大体見知らぬ女性のお尻を触ったり、胸をさりげなく触って満足するって、ほとんど意味のないことではないのか?それよりいつもニコニコしているかわゆい女の子と親しくなり、それなりに欲望を満たすことは可能ではないのか。許されざる行為をして警察につかまり、新聞に書かれ、世間の非難の的になるなど居心地は悪いだけではないか。自身が男性に生まれたらやはり痴漢行為をする男性にならないように自身を教育すると思う。しかし世間には痴漢行為をし続けて、その病気から抜けられない人がいるのだろう。今思い出すのはある日電車でお尻を触られたので後ろを振り返って見たら結構な美男の青年だった。こんな人が痴漢するのか、とびっくりしたが、それ以来痴漢にも種類があると判った。痴漢をするのはブオトコであったら、それなりに納得するが意外に美しい男性だったら、内心驚いて絶句していたと思うが、実際は「エッ?」と思うほどの良い感じの青年だったのを今思うと「あの人が痴漢だったなんて信じられない」「何かの間違いか」と今でも思う。ともあれ、この世はただで触りたい男性がいるということだ。わたしが触られて殴った時の男性はびっくりしてわたしの顔を見て唖然としていた。まさか女子高生に殴られると思っていなかったのだろう。しかしその男性もかなりの美形だった。不思議なことだけど本当のことでした。
2020年01月12日 18:02

20200111土曜日

最近のニュースで事業所の所有する銀行の残高を不正に引き出し、長い間の着服が数十億という額になっていたという報道があった。その事業所の名前も着服した人物の名前も記載しないことにする。この種の巨額な着服というのは傍からみるとあり得ない額なので「本当に彼女一人がやったのか?」「そんなに簡単に着服できたのは会社が悪いのではないか?」などと思えてしまう。同じ意見もあるはず。だが不思議とそのあり得ないことができてしまうことがあるのは、人間は意外と信じてしまうことが容易いのではないか、と思える。何故そんなに巨額になるまで放置できたのか、実に不思議。だからこそ、容疑をかけられた者が悪いわけではないだろう?という見方が浮上する。だからこそ、かなりの大規模な組織であったのに、そういう事件が起きるのは、それは本人が悪いのではないだろう、と思えてしまう。一人ができてしまうほど管理が杜撰だったとしか思えない。こういう報道がある度に彼女ばかりが悪いのではないだろう、ぐらい思えてしまう。その上細かい面倒な仕事ばかりさせられてきた女性側からいえば、大体性差による給料の差も影響があるのではないか、とも思えてしまう。これからこういう事件がないように会社側は着服に対する厳しい規則を敷くことをお勧めする。事件が世間と新聞を騒がせてしまうことがないように、厳しい規則を綿密に打ち立てるべきでしょう。
2020年01月11日 18:55

20200109木曜日

ゴーン事件のことだが、テレビで会見して日本の悪口を言っていたらしい。しかし彼の逃亡と日産への裏切りは今後永遠に彼の国、彼の家族などまでもが犯罪者たちとして印象を残したことになる、と受け止められる。今までの業績が賞賛として受け入れられていたが、それらもすべてゼロに帰すことになりかねない。潔白を表明したいなら日本人をシャットアウトする必要もない。日本人をシャットアウトしたことが彼の有罪性を際立てているのをご本人が自覚していないということになる。彼の犯罪性を証明して見せているのを気がつかない、というほとんどお粗末な人格崩壊者としか印象付けられない。つまり逃亡もすべての彼の行動が有罪を示していた。日本の法相は「彼のコメントは無罪を証明していない。法廷の場で正々堂々と語るべき」と語った。全くその通りだと思える。ゴーンは他の外国人が日本でかなりな地位を築ける機会を大幅に奪ったことになる。彼の今までの業績は彼を受け入れて、日産の改革を進めた日本人たちの功績もあることを自覚すべきだし、なおかつ恩を仇で返したこの逃亡事件は歴史に記憶され、日本人の国民性や日本人の長所を認めることができなかった外国人として記録される筈だ。残念ながら自身の功績を全くのゼロに自らしてしまったという逃亡劇だった。逃げたことそのものが彼の犯罪を如実に証明しているのに気づかないというのはまさに「天網恢恢疎にして漏らさず」といえる。

2020年01月09日 07:18

20200108水曜日

今騒がれているゴーン容疑者のことだが、何故公明正大に悪いことをしていないと主張したいのなら、あれほどの緻密な逃亡計画をし、成し遂げただろうか?つまり悪いことをしたという自覚があるからそうしたのだ、と判断されてしまう筈。彼が日本人の性格を理解していて、日本人の良き精神も理解していたら、あのような逃亡スタイルにならなかった筈だ。これまで何故ゴーン容疑者をトップを迎え日産を任せたか?という疑問を抱いていた。何故外国人でなければならなかったのだろう?つまり日産側にトップに据える有能な人物がいなかったということになる。外国人をトップに据えた際に起こるべき諸問題(今の事件を含め)を推測できていなかったとすれば、それは日本人気質、日本的甘さ、日本的義理人情の敷衍的理解なども含まれているだろう。とにかく時代が進めば進むほど、日本人は極めて退嬰的な構造になりかねない、ところがある。結論からいえば、日本人は「甘い!」「義理人情を捨てきれない」「外国人との付き合いに慣れていない」といえる。日本人の甘さは遺伝的なもので、明治時代からまだ変わっていない。島国特有の「甘さ」がまだ身から脱皮できていない。これからはこのゴーン事件から勉強して、もっと深く、もっと緻密に、もっと優れた才識のある人物を育ててゆかねばならない、と思える。ともあれ全体的に日本人の質は劣化していないし、素晴らしい純粋さを失っていないことは確かだ。しかし時代は令和になり、これからゴーン事件の数倍の重大な損失を招く事件が絶対ないとはいえないことを自覚すべきだと言える。
 
2020年01月08日 06:12