高杜 一榮の世界

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モノローグ

20160201月曜日

今朝パンを焼いていて、すっかり忘れ、真っ黒に焦がした。慌てて表面を包丁でガシガシとそぎ落とした。そういえば、以前絶対失敗しない、大丈夫と思って大事にしていたサボテンを枯らしてしまったことがあったのだが、あの時自分のせいでサボテンを枯らしたと思い、サボテンにごめんなさいと、両手をついて謝罪した。サボテンは枯れたまま惨めな姿で何もいわない。あのときを思い出し、焦がしたトーストの表面をそぎ落としてまた言った。「ごめんなさい」と。サボテンもパンも謝って済む問題ではない。これが火事で死なせたわが子だったとしたら、本当に「ごめんなさい」の一言では済まないはず。今朝人生の中ではじめて、謝ることの難しさをパン一枚を前にして感じた。焦げたパン一枚で生き方を反省した。
2016年02月01日 06:50

20160131日曜日

昨日K大のシニアエイジの講演に出席した。この会は大学のOBがオープンしたサークルで毎月講演がある。自身はたまたま講演を頼まれて一度日仏外交史について語ったことがある。それ以来月二回あるうちの一回に出席することにしている。昨日は黒澤明監督の映画のスクリプターを長い間勤められた野上照代氏。「羅生門」から「夢」まで関わったという。現場で監督の一部始終を目撃していた体験は壮絶。映画のクライマックスのシーンの状況の過酷さは普通人が知り得ない迫力。淡々と語るご本人に絶妙の落差があり、感動するというよりその場にそこにいたという運命を想像できた。ご本人は女神様がついていた、というがその言葉以上の重みがあった。自身は映画を作りたいという気持ちがある。長い間映画を作りたいと願って数十年経過した。前にも書いたが、サタジット・レイ監督や、ユルマズ・ギュネイ監督の各作品に触発され、一度は映画を製作したいと思った。だがまだ人生は残っている。夢は捨てていない。
2016年01月31日 06:03

20160130土曜日

本日は雪になるという気象情報でしたが、豊島区東池袋界隈は雪ではなく、雨です。雨が雪に変わる予定はないと、雨が言っていました。というわけですが、本日は外出する予定です。属している会で講演があり、そこで映画関係のお話を聞くことになっています。今朝は四時に起きそのまま仕事。仕事に疲れたので、テレビを見たら「信長協奏曲」をやっていて、小栗旬君の顔をまじかに見られました。テレビを見ることが多いけれど、今一つアイディアを思いつきました。テレビのスイッチに視聴率ならぬ人気度を表すボタンをつける、こういうのがあればチャンネルに迷っているときに便利ではないか。などと考えていたのですが、テレビ画面をたまたまその局に合わせていて、偶然に求めていた情報だったりすることがある。偶然求めていた番組だったりするってことはあるけど、選べるのであれば凄い便利。そういう便利なボタンを取り付けて欲しい。出来ない事かもしれないけれど、番組表だけでは、出逢えないこともあるので、そこのところを考慮して欲しい。自身が求めているのは歴史、外交、文学。求めていないのはホラー物や殺人事件など。どういうわけか、ホラー物と親しくなりたくない。というのも実はかなりの霊感の持ち主。以前から霊のお知らせがあったりした。今は少ないけど、霊に足を握られたこともある。なおかつ霊感があるなら、修行次第で霊能者になれるといわれたこともある。だが、そうならなかったのは、霊感の度合いが年と共に減退したためかも知れない。
2016年01月30日 07:54

20160128

もういくつ寝るとお雛様というわけで私の誕生月の三月が早くこないかと、毎日待ち遠しい。しかしこの「待ち遠しい」という言葉なんとなく胸に来る。良くキュンとくると言う表現があるが、結構好ましい言葉。ところで最近の若い人って気遣いというのがさっぱりないみたい。おそらくゆとり教育っていうのが作用しているのか、メールでのやりとりにも気遣いなどが感じられない。多分パソコン時代からインターネット時代に突入して、人間関係がますます余計な分をカットして展開してきたのが原因かもしれない。それはそれで良いのだが、どうも日本人らしさもどこかに置き去られてきている印象が出てきた。最近気になるのは人混みでも向こうからやってくる人は、それが若い人だと避けない除けない、道を譲らない。ないない尽くし。日本人には道を譲るという美徳があったのだが、最近それがない。これは大変な時代の到来になる。これから道を譲らない人々と暮らさねばならないのか?やや悲観的。と嘆いても仕方ないので慣れるしかない。これはわたし個人の意見ではなく、友人たちも同様のことを言っていた。道を譲らない日本人になりさがったのか?悲観しても仕方ないので、これから日本国民の良さを維持する運動を起こさねばならない、と思っている。ところでさっき読んだ某週刊誌に記事に「ラーメン店が繁盛して行列なでき、近所迷惑になり、急遽移転を計画している」という。ミシュランに載ったのが契機となり、休業または移転とのこと。店が流行るのはいいが、いろいろと問題が出て大変苦労するということらしい。何といっていいのやら、不明だが古いことわざにそうしたことを表すのがありました。人間万事塞翁が、なんとかとか。列を作って並ぶことをしたことがないから充分判ります。
2016年01月28日 06:12

20160127

昨日の新聞の「婦人公論」の広告に岸恵子氏のエッセイの言葉があった。「どんな苦境でも自由と孤独を味方につけて」という言葉。印象的な言葉だった。そういえば自由も孤独も結構厄介な代物で味方につけるのも、味方にしなくても大変なことだった。過去を振り返ると、そして熟慮すると自由よりも孤独が一番頼りになった。つまり自分自身がしっかりして、銅像のように地震がきてもオロオロしないことが出来たのは自身が孤独を好きだったからだ。岸恵子氏のエッセイ集を読むと面白くて笑ったり感心したりしたことが度々だった。彼女は女優よりも(といえば失礼になるが)作家になるべきだった、と思う。過去に女優で作家である人がいたか?たぶん両立ができなかったのかも。自由と孤独を味方につけるのは、ひとによっては簡単かもしれないが大家族とかしがらみをたくさん持っている人には無理。わたしは自由と孤独を愛していたので、この二つで生き長らえてきたと思う。悩んだ時は岸恵子氏の言葉のように自由と孤独を味方につけることだ。
2016年01月27日 07:26

20160126火曜日

昨日の産経新聞の「朝の詩」に65歳以上がシルバーなら75歳以上はゴールド高齢者と称するのはどうか、と言う内容の詩が載っていた。ゴールドなら素敵だと思う。こうして高齢者の地点に向かっている人々には、少しは楽しい気分がやってくるはず。ところで最近パリのテロ事件以来旅行者が激減しているらしい。その逆に日本には莫大な旅行者が増加しているという。五輪が日本にやってくるので、国民はそのために準備すべきかもしれない。誰でも英語の少しは覚えておいた方が良い。そういえば、自分の近所に外国人が九名ほど立ちすくんでいたことがある。耳にフランス語が聞こえたので、道に迷っているようなので尋ねてみた。仏語の通訳をしていたことがあるので、昔取った杵柄だ。「地下鉄の駅を教えて欲しい」と言われ「まっすぐこの道をどんどん歩いてあの辺りに見える高いビルが地下鉄のそばです」と教えてあげた。まさか仏語で教えてもらえるとは思ってもいなかったらしいので、満面の笑み。恥ずかしがり屋のわたしは教え終わると「良いご旅行をどうぞ」と言い、見送ったのだ。最近外国人に良く会う。ドイツ語もかじったことがあるので、電車の中でドイツ人が話していたので、立ち去るときに「グー・ライゼン(よいご旅行を)!」と言って見送った。すると「ドイツ語習ったの?」と言われ「ヤー(はい)」とこたえてあげた「良いご旅行を」ぐらいなら英語、ドイツ語、フランス語で覚えておくのは便利だと思う。恥ずかしがらずに増加する旅行者に勇気をもって話しかけてみてください。
2016年01月26日 09:29

20160125月曜日

東京裁判の情報を学習しているが、日本を取り巻くすべてが四面楚歌状態で弁護人に強力な人材もなくほとんど素手で裁判を戦ったらしい。処刑者が十数名出て二年後には終わった。現在あの裁判はお手軽で、何の価値もないと証言する知識人が多い。結局戦勝国アメリカの独壇場で、被告側日本に有利な情報はすべて隠蔽されていたという証言がある。証言の中にはアメリカが隠したい証言がたくさん含まれていた。真珠湾は「オトリ」だったという証言もある。強引に経済封鎖し日本を追い込み、戦争に巻き込んだ国が、勝利国の独壇場の裁判を行い、死刑者を出した。原爆は世界でリーダー国になりたい国のプロパガンダ的な要素がある。アメリカはソ連に対して原爆の力を見せたかったのだ。ここで言いたい。「東京裁判」をやり直す、実況中継番組を企画して弁護人を海外から頼んで再度やり直すというのはどうか?東京裁判は一部の判事に言わせれば、史上最低の幼稚な裁判だった。東京裁判を再度実現するという企画を希望したい。その最大の理由はまだ軍人や兵士の魂の望むところを満たしていないし、なおかつ世界に、日本の真の姿が伝えられていない。東京裁判の実現は亡くなった戦争被害者と日本軍人と兵士への輝かしい鎮魂歌になるはずであるし、なおかつ歴史を知らない若者には良い勉強になる。未来の日本人の末裔に遺すべき遺産としての東京裁判である。テレビ局がのってくれることを期待する。結論からいえば、民主主義が育っていない時期に民主主義を標榜するアメリカから適当にあしらわれた結果の裁判だったということになるだろう。戦前戦後のあの当時の日本人すべてに勲章を差しあげていただきたいと思う。
2016年01月25日 05:41

20160124日曜日

小型ジェット機が生産され、ホンダエアクラフトカンパニーが米国に数機納入したという記事をみつけました。素晴らしい快挙です。思えば戦後米国によって飛行機製造が禁止されていました。あれから七十年も再開を阻まれていたのです。アメリカが飛行機製造を禁止したのは、ひとえに日本経済が上昇するのを憂えたと断言はできないが、禁止の理由はそれしかないようにも思える。ともあれ歴史を振り返る時期に来ている。なにしろ戦後70年経過してようやく過去に埋もれ隠蔽されていた数々の極秘事項が続々とでてきた。飛行機製造の禁止もそのうちに入っているかもしれない。アメリカは日本が元気になると、それほど嬉しくない。日本はアメリカが元気になると嬉しいのに。理由はやはり上下関係の存在を意識して欲しいとのアメリカの本音がありそう。なにしろ原爆を落とした最大の理由は「アメリカは世界で一番強い国」とアピールしたかったという。これが本音だ。つまりアメリカは世界でリーダーになりたい国だ。人間でもリーダーになりたい者は存在する。しかし人間界では「我こそは!」と立ち上がる人より、周囲が認める人格でなければならない、我こそはと自ら立ち上がる人は尊敬できない場合が多い。アメリカはそういう人格ならぬ国格があるのか?銃の携帯を野放しにしている国は国格があるとはいえないと思う。
2016年01月24日 04:28

20160123土曜日

韓国のソウルと釜山で慰安婦の像が建立されたと新聞に出ていた。韓国に日本人は旅行に行けないと考えた。まるで悪意で建立したとしか思えない。それが事実と思っても末代までも怨恨を続けるつもりか?日韓両国の歴史に新たな汚点を自らこさえるつもりか?建立の意味をきちんと説明し、日本人に理解できるように解説してから建立を決意するべきではないのか?将来を見据えて未来の自国の国民たちの歴史を明るく楽しいものにする気がないのか?もう一度その建立を熟慮して、知識のある人に是非を判断していただくことも一案です。慰安婦像の建設は韓国の恥になるでしょう。日本の恥にはなりません。理由は日本国が世界から敬意をもって愛され続けているからです。どうか像の撤去をお考えになっていただくことを願います。また良く歴史をお調べください。その歴史の出所と現実として存在した正確なる証拠を出してくださるようにお願いいたします。被害者自身の証拠ではなく、歴史的な証拠です。
2016年01月23日 09:08

20160122金曜日

東京裁判のことを勉強しているが、平塚氏の著書「東京裁判の全貌」によれば、弁護側の日本人の弁護団長清瀬一郎弁護人が「この裁判は罪刑法定主義(適合する法律がなければ裁けない)ならびに法律不遡及(法律がない時代の案件は裁けない)の原則に沿って行うため連合国側の「平和に対する罪」「人道に対する罪」で被告を裁くことはできない、と強硬に主張したが、それを通訳から聞いたキーナン検事が眼を剥いて言った。
「戦勝国が侵略戦争の責任者たちを処罰できないという理由はない。日本は無条件降伏したのだ」
 この頃民主主義が日本にしっかりと根付いていなかったためにこの言葉に騙された。
 このキーナン検事の文言は、本当におかしい。なぜなら侵略戦争だったかどうか自体も現行の裁判で真偽を見極めなければ裁判とはいえないのではないか?あの当時民主主義の教育がなされていない日本人に一方的に日本側を追い詰めた不公平な裁判だった。しかしながら日本人は国際的にイジメを受けても良く立ち直って現在も何事もなかったようにあの国とつきあっている。不思議としか言いようがない。日本がそれだけ度量があるってこと、つまり大国の精神風土の規模からいえば日本が上か。
2016年01月22日 13:15