高杜 一榮の世界

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モノローグ

20151216

ところで十二月十三日に中国南京市で「南京大虐殺記念館」にて追悼式典が行われたと新聞に書かれていた。なおかつ現在中国の小学生たちは、日本軍の残虐さを詳細に教育されているというのだから、驚く。日本が原爆を落とされた後、アメリカに恨みを持つことなく、小学生にアメリカの残酷さを教育することはなかった。中国と日本とその教育は見事に真逆。未来に不安感を植え付ける教育と未来に特定の国に恨みを持つ教育をせず、交友関係をしっかりと築く教育との違いは歴然。未来を美しい友好の世界にする教えをしなければ、過去の歴史を再度味わうことになりかねない。もっと自国の教育を客観的に見てその正しさを査定せねば、子供たちの幸福は得られないはず。子供たちの幸福が、武器や核兵器にあると思うのは間違っていることを、早く知るべき。南京大虐殺はありえなかった、と歴史学者は述べているがそれさえ無視して記念館を建てるというのは、不幸の始まりではないのか?小学生に日本を敵に見る教育をすれば、国民を不幸にすることになるのに気付いていないのはおそらくそれだけ政府が弱体化しているためではないのか?多くの政府関係者が海外に資産を移し、巨万の富を持つ資産家が海外に逃げ、打つ手がなく小学生に間違った教育を施す。不安を持った子供たちは成人してから海外にこぞって逃げ出すはず。未来に希望を持てる賢い政策が出て来ないのか?

2015年12月16日 08:40

20151215

週刊文春の十二月十七日号に「あなたの年金があぶない」という恐ろしい記事が載っていた。それは年金積立金管理運用独立法人という組織が年金の積立金の運用で莫大な(七兆円以上)損失が出たという内容だ。それも現在責任者不在で、誰もその責任を取らず、未来永劫に損失は国民が損するだけという状態なんだとか。損するのは今の若者たちで、彼らの時代にそのツケが周ってくるのだそうだ。これってそのまま放置していて良いのか?国民は今立ち上がってその損失責任を追及しなければいけないのではないか?日本国民ほど馬鹿を見て、黙ってそのツケをこうむり、忍耐し続ける体質の民族は世界広しとはいえ、いないはず。このまま放置しておかず立ち上がらねばならない。しかしながらいつの日かこれらの損失責任を追及でき、国民がその原因をつくった関係者を駆逐して白黒はっきりさせる時が来ると信じよう。とはいうものの、果たして今回初めてこのような不祥事があったのだろうか?日本は過去にも同様の事件で国民を騙していた可能性があるといえる。そうなると日本国民はいつも軽んじられてきたというわけだ。選挙で選んだ人たちに、テキトーに騙され税金や年金の無駄遣いをされている日本国民。できればテロリストや無差別殺人の加害者を刑務所から出所させ、隠密に彼らに任務をあたえる。平然と国費を自由にしている厚顔無知犯罪を停止させるべく国家的清掃活動のために働いてもらう。これはどうだろうか?と過激に走りたくなる者もいるだろう。真面目な国民が酷使され、正統に評価されず過労死で死んでゆくだけの国にして良いのか?
2015年12月15日 03:49

20151214

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十二月十二日のフジテレビ午後七時に「激動!世紀の大事件」と題する事件簿の中で産婦人科医の犯罪事件を扱っていた。この事件は1980年に起こった事件で、その後この事件が解決するために二十年を要した、という。ある女性が婦人科系の検査の結果子宮摘出手術の必要を病院長に宣告された。「あなたがそのまま放置していれば長生きはできません。今のうち子宮全摘手術を受けなさい」こう言われた女性は、セカンドオピニオンをも求めず闇雲に手術を承諾し、彼女の子宮は摘出された。ところが彼女が摘出した子宮の写真をほかの産婦人科医に見せたところ「別におかしいところはありません。健康な子宮です」と言われたという。彼女ばかりがそういう被害に遭っていたわけではなく、被害者数は五百名に昇った。つまり五百名の赤子が生まれずに処理されていたことに通じる。その後被害者たちは同盟を造り、皆でその病院を相手に裁判を起こした。一度は検察側にこの裁判の受理を拒否された。理由は病院側が証拠提出を拒否したためだった。しかしそこで怯むことなく被害者たちは志を一つにし、裁判が始まった。中には夫に疎まれ離婚した者、または失意により自殺した者もあった。検察から拒否され断念しかかったこともあったが、二十年後に勝訴し億単位の賠償金を得られることとなった。この事件はある意味日本的であると思える。海外で同じ事件があったと仮定すると、こうまで被害者が出なかったかも知れない。日本女性は外聞を気にし、酷い境遇に耐えられるほど忍耐強いため表沙汰にしなかった女性もいたのではないか。しかしながら呆れるのは裁判が始まっても悠々と営業していたその病院の院長の生きる姿勢。自分は悪くない、と取材の記者に胸を張り罪の意識も微塵も見えなかった。良く医者として生きていた、とほとんど呆れる。彼がそうまで平然としていられたのは、やはり男社会であったためではないのか、と判断する。事件は三十数年前に起きている。今であれば、二十年かからずに勝訴できたのではないのか?被害者一同の勇気と美しい正義感を賞賛したい。最後にもう一つ伝えたい。今でも同様の事件が進行していて、苦しんでいる人がいたら是非勇気をもって立ち上がって欲しい。
2015年12月14日 02:52

20151213

どうでも良いことだが、テレビで映像が流されていて、神社が映ることがある。最近どうも気になったことがあった。それは鳥居の色。太古の昔から鳥居は「あの朱色」と決められているようだが、これほど時代が進んだのだからショッキングピンクやそのほか「自由奔放な赤」にしても良いのではないか。そうなると宗教の世界が少し変わってくるような気もする。こう考えてくるとその赤に決まっていることそのものが、宗教の核になっている可能性もある。つまり色を変えると日本の宗教ではなくなるのではないか。ところで色とは違うはなしだが最近人混みを歩いていると、大抵道を譲るひとがいないことに気付いた。誰でも「お前がどけ」という態度で立っている。反射的に道を譲るはめになる。どうやらこの傾向が平成になってからかなり増えている。平成型自由歩行ということになのか。平成時代の特徴は、これがナンバーワンかもしれない。そうなると平成の次の世代は、道を譲ることもなくお互い相手を尊重しなくなるという具合になるのではないか?平成時代は「自由でありそうで、全くないこと」「相手を尊重する傾向が激減」となるのか?そういえば映画を観ていると、明治大正昭和初期にはお互い道を譲るとか、相手に対する尊重の姿勢があったのが判る。平成は失ったものに気付かない時代なのか?
2015年12月13日 07:16

20151212

昨日どういうわけか豪雨のような雨の後カラリと晴れ、眩しいぐらいになり暑くなった。地球温暖化と叫ばれてから久しいが、どうなるのだろう地球!一時自身は氷を工場で莫大につくり溶け出しているところに運び、機械の部品をはめ込むみたいに充填してくればよい、などと愚かな発想をしていた。とにかくなんでも良いから試しにやってみたらよい。地球は悲鳴をあげているのだ。誰も助けてくれない地球は泣き叫んでいる。住んでいる住人そのものが冷たく、手をこまぬいてただ黙って見ているだけ。何が重要かと言えば、やはり地球が熱っするようなほとんど計画性のない戦争をしなければ良いのだ。それが判っていない単純なテロリストたちはあちこちで銃や爆弾を使って温暖化に協力しているというのだから困惑する。テロリストたちは住んでいる大地の変化などは気にならないらしい。温暖化を止めるにはテロリストの洗脳しかない。
2015年12月12日 05:36

20151211

週刊新潮の連載の高山正之氏の「変見自在」をいつも読んでいるが毎回なるほど、そうだったのか?と思うことが多い。世界への見方が一変することが多くある。十二月十七日号の「ISのお返し」にはヨーロッパで起こった戦争は必ず自国の兵士を使わず、現地人の兵士を闘わせ、勝利しても植民地の民族を残酷に使い捨てにした、というのだ。こうなると白人側の過去の歴史は公明正大とはいえないことになる。結論は「イスラム国が今の状態になったのは誰のせいでもない、なにもかも十字軍やキリスト教徒の影響」という具合に述べている。そうだったのか?驚く結論が出た。つまり原爆もキリスト教の影響であったということになる。マッカーサーが聖書を日本人に配りたかった意味が良く判るようにも思う。しかしながら「原爆落として、聖書配るって漫画そのもの」と思えるのだが真実には怖いものがある。

ところで最近気になっていることがある。パソコンを立ち上げインターネットにつなげると、必ず「あなたのパソコンは〇〇の番号などが盗まれています。下記の番号に電話してパソコンのセキュリッティをを万全にしてください」という内容の表示が勝手に出てくる。こちらはそういう正体不明の送信者からの邪魔なものを拒否する体制を貫いていて一度も受け入れないことにしているが、しつこ過ぎるのが困る。ここ数十年の間に複雑な詐欺が横行している。インターネット内にも次第に巧妙に出てきている。不景気なので滅多矢鱈に「数打ちゃ当たる」方式で送ってきているようだ。正体不明のメールやインターネットの強引な誘導表示にはくれぐれも注意が肝心だ。電話で振り込め詐欺が横行しているが、最近は犯罪が手が込んできて、用意周到でさりげなくやってくる。

2015年12月11日 05:20

20151210

最近原子力問題に天下りが蔓延っているらしいと知った。つまり天下りという構造が、日本国そのものを支えているという風にも感じられた。天下りは突き詰めれば「既得権に対する永遠の執着」と思えた。既得権にしがみ付いて離れられないのは誰でも社会的地位を得れば陥るはずとも言える。しかし日本は天下りが蔓延した状態で良いのか?天下りに至る道、そのものを外見上洗練させ、魅力のある正義感を培わせるルートや組織に変革し、政治家の体質をもっと高度の精神性へと研鑽させられないのか?もっと発展性のある公明正大な組織に変えられないのだろうか?考えてみれば、政治家に足りないのは芸術性や美学義侠心や公徳心(否定はできない)後は向学心。ある意味潔さが欠如しがちではないのか?もっと美しい大志を持った政治家の輩出を期待したい。もう明治時代ではないから、金に眼が眩むのだけはおひかえになるべき。
2015年12月10日 06:02

20151209

昨日夜「サイレーン」というドラマを観た。あまりドラマを観なくなっていたのだが、ちょっとチャンネルを回してたまたまフジテレビの夜のドラマにぶつかった。ところがその中で主人公を襲う武器(スタンガンというものらしい)で即反抗できなくさせてしまう場面を見た。あのスタンガンが日本国内に販売されているとは恐ろしいことだ。何の規制もなく売られているのだろうか?気になった。何か事をやらかしたいと考えている者には最適な武器だろうが、もしスタンガンで警官がやられるとしたら、警棒を携帯する必要もない。スタンガンまたはそれに代わるものを持たせねばならない。日本は武器の携帯を禁じているが簡単に買える武器もあるようだ。テロを防止する前にまず武器の規制を強化すべきではないのか?ドラマを観て人を襲う方法を会得した若者たちの中にはスタンガンを欲しがる者もいるだろう。ドラマを作る人もスタンガンを売る人も、もっと多角的に見て仕事をすべきだと思う。しかしあのスタンガンは護身用で販売されているようだ。「護身用スタンガン」と売りに出ていた。つまりあれを悪用して婦女暴行に使う者がいるということだ。護身用が襲撃用に使用されているということになる。何の規制なくというよりも、むしろ護身用として販売されているのであれば、買う方も売る方も何も恥ずかしくもない。だが護身用として売られているものがテレビで犯罪に使われているのを見れば、「ああいう使い方ができるのか?」と幼稚な犯罪者予備軍は思うのだろう。世の中複雑というか、単純というかなんだか、悪も善ももみくちゃになって、この世はやはり一枚剥いだら地獄ってことだとしか言いようがない。

2015年12月09日 09:09

20151208

最近児童がインターネットで自撮りのヌード写真を興味本位から載せていた、という事件があり警察が問題にしているようだ。大人がそういうことを小学生の女の子にさせているのであれば、犯罪に違いない。しかし幼い女の子が自発的にスマホで撮った自分のヌードを公開していたなど今までにない事件だ。もしかしたら、いままでに同じことがあった可能性もある。テレビの影響か何か判らないが女の子を野放しにすると最悪なことが起こりかねない。親がうるさく監視しない家庭もあるはずなので、そういうことが起こり得る。今まであまり不思議に思わなかったが、男の子は学校やスポーツなどに集中していて、女の子は学校外の自分の興味に向かって街を歩き回るという傾向があるようだ。何故女の子は学校外だと、ただ漫然と歩き回って結局警官が補導する結果になるのか?この落差が気になる。つまり世間の常識では男の子は社会に出て働くので学校で真面目にしていないと落ちこぼれになる。女の子はもし大学に入れなくても、夜の街に出れば何とか生きる道がみつかる、と観ているのか?世間はそういう「算段」のもとに動いているのか?なるべくなら女の子が落ちこぼれ街を歩き回る姿を見たくもないしヌードを公表しても平気でいる鈍い感性になって欲しくない。もっと教養を広げ、世界の中で活躍できる女性を理想として研鑽するよう向かってもらいたい。どのような人生が価値があるか判らないが自分で後悔しない生き方を見つけてもらいたい。

2015年12月08日 06:34

20151207

十二月六日昨日の産経に米国カリフォルニア州で起きた乱射事件の犯人が「イスラム国」に忠誠を誓っていた真性のテロリストである、と発表されていた。すでにアメリカに食い込んでいるのを知り、大変な時代になってきたのを感じる。テロリストはまるで世界的な伝染性の高い難病にかかった患者であるかのようだ。どこにでも「イスラム国」の感染者が広がっているのが判る。一般の庶民はどう対処すれば良いのか。普通の病原菌なら防ぐことは可能のはずだがこの思想の蔓延は、手がつけられない。だがこの種の事件は今までに多数出ていたともいえる。過去にオウム真理教の大規模摘発で教祖を逮捕したことがあった。宗教とテロが密着すると国家に地響きが起こる仕掛けになっているらしい。ところでイスラム教とは一体どのような宗教で、なぜこうまで人を惹きつけ、なおかつ若者が利用されてしまうのだろうか?そういえば大学でイスラム教について学んだはずだが、何も魅力を感じるまでに至らなかった。テレビでモスクが都内にもあり、見学もできるというので、いつか訪ねてみようと思ったが自身が興味を抱いたわけではなく、ただどうして皆単純に惹きつけられ人生を誤るのだろう、と疑問を抱くだけ。あちらの世界へ行けば、その道が判るはずだが、武器を片手に走らなければならないとは辛いものがある。実際自分は強制されたり、戒律などで抑え付けられるのが好きではないのでやらないはず。ただいつの間にか尊い人生を歪曲させられる人を、なんとか軌道に戻してあげたいという気がある。そういえば身近に某巨大宗教団体に入信させられた者がいた時代があったことを思い出す。その団体が武器で無闇に威嚇する団体ではなかったことを改めて思い出すと、今でも有難く思う。ともあれ自我がきちんと盤石に育っていないうちに宗教を定めてはいけないと思う。「イスラム国」が脱テロ化して普通の国家として歩き出すことを祈っている。普通の国家とは武器を持たずに平穏を保ち、国民が笑顔で暮らせる国、並びに日本と平和的に交流ができる国のことだ。

2015年12月07日 03:33