高杜 一榮の世界

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モノローグ

20151225

最近「嫁ブロック」という言葉がある、と知った。例えばサラリーマンが転職を考えているとすると、必ず最終的に配偶者にこの会社に転職したいがどうだろう?と普通の夫なら尋ねる。その際「あの会社やめときなさいよ。何となくあまり良くない会社みたいな印象がある。わたしの勘だけどね」と嫁が言う。それを「嫁ブロック」というのだそうだ。現代は妻の発言が重視される。ということで「嫁ブロック」が花盛りだ。しかし夫ブロックがないのか?どうして嫁ブロックがはやっているのか不思議。おそらく多忙な夫は最終決断を妻に任せるほど多忙なのだろう。その上自分がその決断を避けるのは、後で嫁に何か言われたら困ると反対するのも尻込みしてしまう、そう思える。つまり女性上位時代と言われているのとやや似ているのだ。そういえば、わたしも結婚している時代は嫁ブロックを行使していなかったわけではない。結構嫁ブロックばかりだったような・・・。そういえば亡夫は嫁ブロックを面白がっていたっけ。それで早死にだった?ああ、そうですか。
2015年12月25日 19:07

20151224

今日はクリスマス。幼い頃クリスマスの時期になると、朝起きると枕元にプレゼントの包みが置かれていた。サンタクロースの存在を信じていた。毎回そっと子供たちに届けてくれると信じられた。ところが中学三年生になると級友から「まだ信じているの?」と馬鹿にされた。父母が内緒で買っておいたプレゼントを隣家に預けてまで子供たちにサプライズを演出した。そういう風に子供たちを大切にした。つまり子供たちに夢を持たせたことになる。今でもそういう親がいると思うが、今の時代は子供たちに夢を持たせなくても、勝手に夢を描くはず、と思う。クリスマスは親がその愛を試される季節かもしれない。

ところで今日の産経に旧ソ連の抑留時代に共産主義化や親ソ教育に日本語の歌集まで製作して配布していた、と書かれていた。抑留された人がアコーディオンのヒダに挟んで内緒でその歌集を日本に持ち込んだという。戦後七十年いろいろと過去の「珍しい遺産」が出てくる。悲しい記憶辛い記憶も、宝となる日もあるはずだ。伯父が旧ソの抑留生活を語ることはなかったが、大阪の万博のソ連館が素晴らしい展示だった、と語った母に「ソ連など褒めるところなど何もない!」と怒った。母は驚いた。それまで怒ったり叱ったりしたことのなかった優しい伯父だったのに。辛い経験があったのだ、と母は初めて知ったのだ。それ以後も辛い経験を一度として語らなかった伯父は抑留経験と同じ程度の
晩年だったと聞いた。
2015年12月24日 14:09

20151223

昨日の産経にマッカーサーのことが載っていた。戦後七十年目の節目の年ということでマッカーサーが出てくるのは当然のこと。しかしながら日本人には彼の名前が衝撃的に記憶に刻まれているらしい。この記事の中にマッカーサーが嘘つきだった、と書かれている。自身の戦績を敗北であったにもかかわらず本国に「勝利した」と報告し、天皇との写真を撮影させ、新聞社に載せるようにと命じた。日本政府は「これだけは掲載させない」と発禁処分にして抵抗したのだが、マッカーサー元帥は天皇陛下との写真掲載を強要した、という。多くの識者は証言する「彼は天皇になり代わりたかった」と。そういう嘘と虚栄にまみれた(記事のタイトル通り)人だったにもかかわらず、どういうわけか日本国民に絶大なる人気があったらしい。誰でも彼の名は今でも知っているし、悪く言う者もいない。嘘と虚栄は日本人が嫌いだし、大抵の日本人は嘘つかない。なおかつ謙虚で、虚栄とはほとど遠い。一体何故彼は日本国民に愛されたのか?
2015年12月23日 06:34

20151222

昨日産経に石原慎太郎氏の「白人の世界は終わった」のメッセージがあった。それによると、現在のテロなどの世界的混迷は毛沢東の説通りに白人たちが勝手に行った「有色人世界への支配と略奪の歴史が原因」ということになる、そうだ。確かにそういえると思う。白人たちのその支配と略奪を阻止してアジア諸国を助けたのは日本国だった。しかしこれから白人の世界は本当に終わるのだろうか?終わるよりも白、中間色、黒などの色にこだわりを捨て、すべてごちゃまぜにしてかき混ぜ融合の世界にするべきかも知れない。石原氏はこの混迷の中から大国の資源獲得や政治力拡大などを乗り越え、白人が黄色人種への支配と略奪の歴史を現実として把握し、これからのこの国の立ち位置を考えるべき、という内容を述べられている。日本がこれからどう動くべきかは、重要な課題だ。大国の資源獲得や政治力拡大はどの時代でも同様のことで紛争が起きている。結局資源は限られているのだから、過度に資源を追い求めるのではなく、いかに地球の資源を上手に使うかということが重要であるはず。結局地球の悩みは近代化という人類の暮らしの進化が原因であることが判ってくる。これからちょん髷の時代に戻るわけにはいかないが、より資源を大切にする心を育てるべきかもしれない。つまりは節電と質素が一番。あの暗い時代に戻るのではなく、ということで。
2015年12月22日 05:16

20151221

アメリカ、カルフォルニア州の公立高校で日本の「慰安婦」教育が盛り込まれることになったという記事が産経に掲載されている。慰安婦は「性奴隷」と書いている。日本側からのなんらかの要請もコンタクトもなかったようだ。しかしながらカリフォルニア州が何故このような教育をするのか、理解できない。英ジャーナリストのストークス氏が提唱している「南京大虐殺も慰安婦問題も反日中国韓国の詐偽(さぎ)だ」とする言葉がまだ広く浸透していないようだ。彼が言うには、これらはすべて日本を追い詰めるプロパガンダで、日本は絶対悪くないと証言している。日本側はあちら側の吠える声をまだまともに相手をしていないようだ。聞いたところでは中国も韓国も偽情報で相手を追い落とす誣告(偽情報を捏造し告げること)という手を使っているという。誣告で相手を抑え付けるというのは正々堂々と戦えない美しくないやり方だ。誣告に対しては賢い対応があるはずだ。美しく優雅に対応して日本を支えなければならない。日本人は正々堂々と立ち向かえない立場の人たちしか誣告の手を使わないのを知っておこう。
2015年12月21日 15:49

0151221

昨日の産経の論壇で井伊重之氏が「中国の野心が揺らす海の平和」の中に南シナ海の緊張について論じられていた。その最後の行に櫻井よしこ氏の言葉があった。「中国は一度建設したプラットホームを撤去しない。世界を正しい方向に導くため、日本は全力で働かないとならない(原文のまま)」と書かれていた。だが現在どのような動きが水面下で動いているのか皆目わからない。おそらく何らかの動きが進行しているのだろう。海のことなので水面下で行われることは水面上には出て来ない。世界はきな臭くなりつつあるが、何事も冷静に対応しなければ過去の過ちを繰り返すことになりかねない。上記の記事の中に「アジアにおける海洋安全を守るには国連海洋法条約に従い(中略)新たな秩序を形成する必要がある」とあるので、早急に対策を条約に則り、試行されるべきだ。しかし日本はどういうわけかリアクションがいまいち遅くなっている。熟慮のし過ぎかもしれず、船頭多いための舵取りが困難ということもある。ともあれ中国の暴挙を各国で止めなければならないはずだ。日本は北に問題を抱え、南で問題が勃発し、多忙を極めている。こういう時期には確かな采配を振るう臨時のリーダーが必要かもしれない。臨時問題解決隊長を求む!

2015年12月21日 09:32

20151220

今日はどんよりした天気でちょっとだけ日差しがあったようななかったような感じ。師走って「師」が走るんです。詐欺師も研ぎ師も。というわけで人を指導している方は忙しい。ところで昨日某講演に行ってきました。軍歌という歌についてのお講義を受けたわけです。歌が流れ、聞いているうちに、その軍歌の時代に思いを馳せました。特に知られている「同期の桜」は何回も聞いたことがあります。「貴様と俺とは同期の桜~」という歌詞は結構知られていますね。どういうわけか、軍歌は男性ばかりでなく、女性にも格別に「ジーン」と来るようです。しばし耳をそばだてていますと、目元が潤んできました。どういうのでしょう?軍歌はそれだけ感情移入するように造られているようです。そんなわけで軍歌を聞いているうちに本当に戦争になったら、我々国民はどうするべきなのか?と真面目に考えていました。今思うのはこれから世界に戦争が起きるとして、その戦争を止められるのは一体誰なのだろう?と考えました。誰でも一人一人が戦争を回避するよう馬鹿力をださねばならない。どんよりした日にどんよりと呟いてます。
2015年12月20日 17:43

20151219

十二月二十四日号の「週刊新潮」の変幻自在(高山正之)に「ソ連が力をなくし、アメリカがフィリピンからいなくなって、中国が南沙に出てきた」と述べていた。何かが起こりそうな空気が漂う。最後に「日本が仕切っていた頃の安定をアジアが期待している、ように見える」とのことだが確かにそれは言えるのだが、日本に出来ることは腕をまくり、腕っぷしを披露するだけではないはずだ。世界はやはり力関係が動かしているのは明らかだが地球は正義を求めている。日本に何ができるのか?南沙諸島のあの中国の奇妙な行動をどうやって停めるのか?世界はインターネットの時代であり、武器や核兵器では収まらないはず。どういうわけか、人が金に不自由しなくなると、家を建てるが国家が裕福になると軍事基地を造るってことになるようだ。世界にはもっと金の使い方が無数にあるはず。軍事基地よりも、温暖化問題を解決する方が先ではないのか?軍事基地建設こそ、地球には非常に迷惑なことではないのか?
2015年12月19日 05:25

20151218

中国では昔から嘘で練り上げて相手を追い詰める誣告という伝統があるという。つまり嘘でも堂々とまかり通る習慣があるらしい。それだから嘘を言わない習慣の国民性とは相容れないはずだ。というわけで何故中国はでっちげで平然としているのか不思議に思っていたが、ようやく理解できた。文化大革命の際も嘘ででっちあげた「誣告」が罷り通り多数が虐殺されたというのだから悲惨で残酷な歴史だ。南京大虐殺も誣告の結果ということになり、辻褄が合う。しかしながら大国で嘘ばかりというのは国際的に迷惑至極なこと。早く誣告や嘘をなくし、まともな外交ができる国家になって欲しい。

ところで話は変るが、最近日本人の質が変化しているという。まず建築業関係で意図的な恐ろしいミスがあった、食品も偽物を平気で造った、などかなり多方面で詐欺的な仕事が目立つようになってきた。日本人の質が変わったのは景気の悪さにも原因があるのか?卑近な例でいえば、交差点で歩いている人が前から来た人をよけずに「おまえがどけ」という風に避けない。つまり譲るという気遣いがなくなった。日本人が変わったのは時代のせいだけではないだろうが、日本人の良い面を変わらせないためにはどうしたら良いのだろう?策はないのだろうか?
2015年12月18日 06:30

20151217

昨日もまた南京大虐殺に関する記事(産経)が出ていた。記念館を創るだけに留まらずその運動らしき一連の事業は果てしなく、国民総出でプロパガンダ造りに加担しているかのようだ。慰安婦問題と南京大虐殺が対になってスクラムを組んでいるようだ。なぜそのように日本叩きに熱心なのだろう?不思議。そういう動きが高まれば高まるほど日本人は中国への観光も関心もなくなるはず。未来を観測すれば良い要素などありはしない。それなのに日本叩きが止まらない。以前知識人が中国の日本叩きは自国民による政府への非難を回避させるためだ、と述べていた。そうかもしれないが、それが本当なら自爆と同じではないか?未来に良い要素をもたらすのは日本叩きではなく、慰安婦像でもなく、南京大虐殺の記念館でもないはず。もっと大らかに楽しく未来を構築するためのイベントや記念館を考えられないのか?日本人はいつもにこやかに対応する気がある。今のままでは中国国民の未来の色を暗くするだけだ。戦争でもしたいのか?と尋ねたい。

追記:ところで中国は今周囲の国々の中のミャンマーやベトナム以外の国から背を向けられ中国離れが加速し始めているという(産経12月17日)。中国は国土が大きいため自国を大国だと勘違いしている傾向がみられ、今回習主席が「関係改善」を目的にベトナムを訪問したが、目論みは叶うことはなかった。ベトナムのタイン国防相はすでに日本の防衛相と会談し、南シナ海に自衛隊を派遣する話を決めた。大国が国土の広さに応じた器量があれば物事は改善されるが、やはり復旧は簡単には行かない。国と国とが長い間つきあって行くのは難しい問題があるが、国と国とで考えるから難しくなるはず。一人の人間と一人の人間という具合に単純に考え、もっと心を広く持ち、お互いを尊重して付き合うべきだと思える。
2015年12月17日 05:19