高杜 一榮の世界

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モノローグ

201181122木曜日

今朝津川雅章と朝丘雪路の合同葬儀の模様をテレビで観た。出席者それぞれが二人の思い出を語るという豪華な葬儀で、なかなか娯楽性の高い葬儀だった。だがそれを見ていて、葬式嫌いで遺言に葬式はしないで欲しい、と遺したいほどだった自身だが、こんなに楽しい笑いに満ちた葬式なら許せると思う。だがこの二人のように豪華な華々しい人生ではない自分があれと同じにして欲しいなど希望を出すことはできない。自分なりにさりげなく消えたいので、あれならやっても良いなど贅沢な希望を出す必要はない。しかし人間とは非常に面白い生き物らしい。動物と人間の違いは葬式を出すか出さないか、の違いではないのかと思える。どういうわけか人によっては華々しいお別れをしたいという人間が多いように見受ける。葬式は結婚式とほぼ同じで見栄の土台の上に立っているものかも。見栄っ張りではないと自分を思っていたが潜在意識の中に何か不思議にムズムズするものがありそう。客観的に自分を観れないので、まだ枯れてはいないらしい。水っぽい枯れ葉か?そういえば葬式嫌いになったのは、過去に葬儀業の知人が「葬儀は安くすれば安くなる」と言われたことがあった。その影響で母も兄の葬儀もそれぞれかなり安価に値切って節約してしまった。あの世で二人とも「カズエコはケチ」と愚痴をこぼしていそう。だから自身の葬式は極めて質素にして、ただ焼き場の費用だけにさせなければ・・・。

2018年11月22日 08:25

20181119月曜日

現在安倍首相はロシアのプーチン大統領と親しく外交を重ね、北方領土の件で交渉をしつつある。だがどうか日本人の人の好さにつけ込まれないようにお願いしたい。わたしの叔父はその当時中国大陸で軍務についていたが、戦争が終了した直後、今まで日ソ平和協定を締結していたにも関わらず、中国の大地にいてソ連軍の急襲があった。日本軍はすべてシベリア経由で、モスクワの某収容所に拉致され、過酷な土木作業を強制されたのだ。それも五十万人という数だったという。大人しい日本兵は、強制されるまま文句も言わず建物建設の重労働をしたという。今、外交が普通に行われているが、あまり油断をしてはならない。彼らが日本軍に戦後与えた強制労働は国際法に基づけば、違法であり、犯罪でしかないかも知れない。現在北方領土の件で上下関係はない。堂々と過去のロシアの仕打ちを充分理解した上で、対応して欲しい。日本の首相はロシアで日本軍人が過酷な労働を強制させられた過去を無視せず北方領土の外交を成功させて欲しい。幸い叔父は帰ってきたが、大阪万博の際にロシア館を訪れた母はロシアの豪華な展示に魅せられ、一言「素晴らしかった」とロシアと褒めたのだ。日頃姉の言葉には逆らわない叔父は、母の言葉を聞くと烈火のごとく怒った。それもそうだ。パン一切(それも沢山の人との分配)で一日働かせられた記憶は捕虜としても耐え難いものだった筈だ。終戦の年の8月26日頃にはソ連軍とのすべての戦闘が終わった。満州では停戦会談によって、武装解除後の在留日本人の保護について、一応成立したが、ソ連軍がその通りに行うことはなかったそうだ。日本軍崩壊後の民間人は何の保護も得られず、多くの被害が出た。また捕虜の扱いについては一切言及されなかった。そのような「泣き寝入りの過去」に学ばないでのこれからの外交はありえない。

 

2018年11月19日 16:37

20190111金曜日

2019年01月11日 10:08

20181110土曜日

先日のテレビニュースで中国のバス会社の事故を撮影した恐ろしい映像をみてしまった。バスの内部でバスの運転手が女性客にクレームをつけられ殴られている、光景だ。テレビ側のナレーションでは女性客が下りるべきバス停で下ろしてもらえなかったので、運転手にごねていたらしい。バスの運転手は運転しながら女性客をなだめようとせず適当に応対していたが、女性客が運転手を殴ったのかどうか確かではないが、運転手は運転を誤り、バスは客15名乗せたまま崖に転落。全員死亡。愚かな一人の客のために十四名が亡くなったというお粗末で悲惨なニュース。バスの他の乗客は文句をつけた女性客の遺族に損害賠償を請求しても良いのではないか、と思ってしまう。これを「神様が一人に罰を与える際、ミスをした出来事」というのか。関係ない者の巻き添え死というのはどういうわけか、無差別。もう一つのニュースは今現代アートでトップを走っていると思しき草間弥生氏の展覧会を中国で偽の作品を並べて展示し、主催者は日本からの取材に平然と法は犯していないと、どこ吹く風。この二つのニュースを見る限り、中国の国民のほとんどがこういう類の人びとなのだ、と判断せざるを得ない。そうなると中国を観光するということは正に命懸けだし、買い物も本物かどうかの真偽もその場で判断できにくい国と思うしかない。毛沢東が悪いわけでも周恩来が悪いわけでも現時点での習主席が悪いわけでもない筈だ。おそらく中国人全般に昔の良き時代の遺産の値打ちをまだ判っていないのではないか。古き良き時代に生きていた世界的人間国宝ともゆうべき哲学者も出ているのに、その歴史を背負っているという誇りがないのか、ないなら様々な珍事件も理解できるが、昔の孟子、孔子がどのようにこの事態を判断なさって発言をなさるのかどうか知りたい。

2018年11月10日 19:19

20181031水曜日

最近の出来事。先日線路の上に石コロをのせた青年(または小中学生)がいたらしいとテレビで報道していたが、何故そういう類の人格が出来上がるのだろうか?そういえば自身も小学校の時に、やたらに何かに当たりたい気分がしていた時期があった。あの時は家庭内ですこぶる不愉快な出来事(父母の意味のない喧嘩など)があったのだがそれが原因で線路に石をのせることをするだろうか?そういえば自身の家の近くには線路がないので、やるとすれば道路に漬物石を持参してそっと置いてくるということも可能であるが大体そういう重たいものをわざわざ運んで皆を騒がせるということは馬鹿ばかしくてできない。だが犯人が捕まってみると、意外に客観的に真面目で大人しい人というケースが多い。しかしどうして真面目な人で表面やりそうもない子が、そうした犯罪をするコト自体、おかしい。常にその種のことをする人間が真面目でおとなしい人であれば、取り締まりは難しいことになる。おそらく家庭で厳しくしつけられている子ほど、親や世間には仮面を被っていることが多いのか?あらゆる犯罪でわたしは線路に石を乗っける犯罪をより厳しく取り締まって欲しいと願う。何故ならもしそれで電車が傾いて大事になれば、一人殺す犯罪よりも大量殺人ということになる。どうか石を線路に置く者をなるべく早く見つける機械を作り出して欲しい。ところで話は違うが、何故人間は他人の不倫に対してうるさいのだろう?どうでも良いような人間の不倫を騒ぎ立てるのは貧しいメディアの怠慢だと思う。テーマは莫大にある筈、濫り(みだり)に道徳的観点から人を中傷するのだけは辞めた方が良い。不倫などは時が過ぎれば、単なる出来事で終わる。もっとも芸能人は不倫を通じて名を売るというケースもあるらしい。

2018年10月31日 16:47

20181017水曜日

十月十六日産経新聞の六面に載っていたものがある。「ソロモンの頭巾」(長辻象平)の「最凶の外来水生物が拡大中」:これはオオバナミズキンバイという水生物が地球にとって最も「不死身の侵略生物」であると断言している。早期駆除が一番良いのだが、現在は滋賀県の琵琶湖環境保全課が着手しているという。表面重大で深刻な情報とは見えないが、どうやら全く儚い弱い生き物に人間の暮らしは左右されており、それらの「か弱き生き物」が人類の滅亡の鍵を握っているらしい。しかしながら、「不死身の侵略生物」とは大変恐ろしい。実際人間に始末できないことになるかならないか、は自分たち人類の手腕にかかっているようだ。
ところで昨日テレビで港区のお洒落なブランド物のブティックなどが並ぶ地域に空き地があり、その土地に児童福祉施設が建つとのニュースが流れていた。その建設に地元の人びとが反対運動を展開しつつあるらしい。このニュースに言いたいことがある。ブランド物のブティックは児童福祉的なイメージと並ぶことを拒否しているらしい。それはどういう意味か?お洒落なブランド物の店は雰囲気を高貴なイメージにしたいらしい。児童相談所のような施設を誤解しているのか?物事を俯瞰的に観察しておらず、自己中心的に把握しているだけかも。そういえばブランド物はそのものが自己中心的な存在のようだ。納得は出来るが児童施設がお洒落なイメージとかけ離れているとしたら、ブランド物は自己中心的な存在で、なおかつ愛情と人間愛に関する温かいイメージを持つことを拒否していると見える。こうしたことで工事差し止めなどの運動を起こすことはそれこそブランド軍団のイメージを更に悪くすると思える。ブランド品がお洒落でスマートで美しく、児童向けの施設がプアで美しくないと誰が判断しているのか?児童への温かい愛を向けないブランド品だとすれば、それは問題であり、意識改革を求めたい。児童施設の建設を反対する方々に言いたい。ブランドは愛情とはかけ離れた存在ですか?児童施設建設反対運動で、児童に愛を向けることを拒否するのですか?
2018年10月17日 12:35

20180922土曜日

このところ個人情報保護法のお陰で人間関係がズタズタにされそうな恐ろしい経験をしている。某施設に入居した友人に面会を希望したところ、「ただ友人」と申し出るだけでは会えないことになっているらしい。戸籍謄本や免許証などありとあらゆる重要書類を提出しなければ、本人との面会はできない、のではないか?と疑惑が起こる。しかしここで問題は戸籍で繋がっているために面会許可が下りるのであれば、それは詐欺などのターゲットにされそうなほど軟弱だ。とにかく面会に時間と金が掛かるような様子なので、逆にその施設に言いたい。そのような施設であれば入居を希望する人間がでてくるわけもなく、次第に評判を落として、経営が悪化する可能性大だ。なにしろ友人にこの一件を語ったところ、何だかパンフレット見ると豪華でよさそうだけど、そのような体制であれば、評判悪くなっておそらく長いことないかもしれない、わたしそこに決めたかったけどやめた、とのこと。もうすでに二名の客を失っている。理事長に書面で警告したくなってきた。
2018年09月22日 16:48

20180916日曜日

最近猫2匹を世話している。一匹は相棒が飼っていたメス猫、ちびちゃんという愛称で呼んでいた。このちびちゃんは賢い猫で、突然現われた自分を懸命に世話してくれたというので、ある日彼女はいつもありがとうと礼を表わすつもりだったのか、口に何かを咥えてきて、投げた。ベッドの上に小さな痩せたねずみが、転がっていた。彼女は普通の人間ではではないので、普通の人間のようなお礼をできない。自分ができるだけのお礼をしたかったらしく、ベッドの上にネズミを投げた。飼い主の相棒は涙をこぼして「ありがとうね、ちびちゃん」と言いそのネズミをありがたそうに新聞紙に包んで述べた。「これはオレは食べられないけど、ちびちゃんのキモチは判ったよ、ありがとう」それは彼がちびちゃんが生まれてから二ヶ月ぐらいしか経っていない時に知り合っていたので、彼女の気持ちがありがたかったためだった。最近相棒が施設に入ったので、ちびちゃんには「おじさんはまだ帰らないよ」と言いながらお食事を与えている。ちびちゃんはわたしの言葉を聞きながら「あ、そうなの」というかのように夢中で「お食事」をいつものように食べる。あの世にいけば猫だって会いたい飼い主に会えるかも。ずっとさきのことだけど、猫だってそれぐらい理解してくれる筈だ。そういえば死に水を愛する猫に取ってもらいたいと思っていた相棒は、今頃いつちびちゃんに会えるか、思っているかも知れない。ちびちゃんは相棒の猫だが、常に彼とチビチャンの相思相愛を眺めていたわたしは「わたしにも愛する猫が欲しい」と呟いているうちにある日突然、チビチャンとほぼ同じ白と薄い茶色の斑点のある猫が訪ねて来てわたしは精一杯のご馳走をした。かなり良いペットフードを揃えていたので、その猫は夢中で貪った。その次の日もその猫はやってきた。わたしはまた無理して揃えたエサを皿に盛ってあげた。彼女はペロリと食べた。次の日彼女はわたしに抱き着いてきた。まるで二晩で懐いた猫だった。それで名前を「ナツキ」とつけた。わたしの家の窓に毎日ナツキはやってきて、窓からスルリとカーペットに降りてきて、そのまま白い肢体を長く伸ばして眼を閉じる。本当に安らかな眠りを味わっているようで、爆睡の様子が凄いかわいい。ここに写真を載せたいがスキャナーがないので今は無理。いつか皆に見せたい。ナツキの爆睡は素晴らしく可愛い。だがちびちゃんとナツキ二匹の世話にはかなり無理があった。次回は猫の嫉妬について書く。
2018年09月16日 21:41

20180914金曜日

週刊新潮の9月6日号に掲載されていた『「綾瀬女子高生コンクリ詰め殺人」の元少年による「殺人未遂」で逮捕された』と題する記事を読んで、地獄は誰が造るのか?という疑問に苛まされた。この事件は1989年1月4日に起こっていた。事件を知る人すべてが、最悪で本当の地獄を見た少女とその親御さんの無念をどれほど理解しているのか、?疑問が起こる。誰でもこの種の記事は「気の毒に」「何とかならなかったのか?」と思うだけでそれ以上の言葉がない。驚くべきことに記事はその後その犯人グループの更生が完璧ではなく、再犯を犯させるような事態になっていたのを、伝えている。この事件は当時16歳だった女子高生Jさんが六名の男子によって監禁され、暴力を揮われ、衰弱して死んだ後、ドラム缶に入れられ、コンクリートで固められ、遺棄された事件である。ところがその少年たちの更生が「甘かった」のか「お座なり」だったのか「再犯を犯させない完璧なもの」であったのか、疑問であるという内容であった。彼らは揃って完璧な更生をなされずにシャバに出て、ものの見事に再犯を繰り返していた。つまり「更生未完」のまま出て来たということらしい。事件を起こした少年は懲役五年以上九年以下の不定期刑だったが、主犯格の男性は出所後ムエタイジムに通い、さらなる暴力の技を磨いたようだ。それが再犯へと繋がったのか不明。今年6月彼はパートナーと某アパートに移転したが、今年8月19日アパートの別棟の住人とトラブルを起こし、その住人を警棒で殴り、ナイフで首を刺した。医師は「後5ミリずれていたら、死んでいた」と告げた。被害男性は覚醒剤の常習者かと疑ったが、警察側は「そんなレベルではない。もっと大物だ」と述べたという。彼の過去を告げると「ぞっとして背筋が寒くなった」という。この世は本当に地獄を自然に、ほとんど黴菌が生のままばら撒かれたように作られるものらしい。この週刊新潮の記事を読んだら被害者の親御さんはどんな思いになることか、と真実空恐ろしい思いがする。いくら人間は未完成だとはいえ、殺人を犯した者をそのまま未完性の更生で外に出して平然としているのは、どういう神経なのか?この世は人間が地獄を作っていると、真実思わねばならない世の中になってきたようだ。どうか、未成年の犯罪を厳しく罰するべく多くの方々が少年法の改正に関心を抱いていただきたい。ここで思うのは犯人の親が重大な殺人事件を起こした息子に対し、まったく無力で家庭での再教育をしなかったと窺えることだ。子供が犯罪に手を染めたらそれは親子といえども、子の人格は別なのでそこまで責任を取れない、と胸を張っていうのなら、今後親になるなら、子の犯罪責任があると自覚する者しか、出産を認めないと法律を変えたらどうなのか?真実少年法の無力を、もっと拡大して大幅に世間に是非を問うことが必要だ。わたしが親なら、再犯を繰り返す前に自身で子を殺して始末し、世間に迷惑を掛けることはない。収監されている主犯格(警察が大物と称した男)が再度事件を犯さない程度に更生できないのであれば、一生「無料の宿」にお泊りいただき、死ぬまでお過ごしいただきたい。
 
2018年09月14日 11:11

20181205水曜日

2018年12月05日 13:43