高杜 一榮の世界

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モノローグ

20151206

十二月五日付の産経に、従軍慰安婦問題で米国公立高校の世界史教科書を出版した米国教育出版社に対し日本政府が修正を求める要請をしていたとの報道が掲載されていた。この騒動は執拗に続いているようだ。この一連の騒動は米国歴史学会という組織の機関誌による歴史学者二十名による声明から始まっていた。日本人歴史学者五十名はこれに対し過去の歴史教科書には複数の間違いがあったとして反論をしていた、という。何故この種の問題から遠ざかり、相互に尊敬を抱く習慣を築かないのか、不思議。おそらく米国は過去の原爆の加害国という汚名をカモフラージュするために活動しているように思える。過去をほじくり出して追求しても意味のないことではないのか?過去は小説のようにいくらでも捏造でき、また勝手に変えてしまうことが可能な生き物に等しい。お互いに明るい未来に向かって手を握り合うことができないのか?来年はお互い過去に向き合って傷つけあうことなく、尊敬しあうことを願いたい。
2015年12月06日 05:52

20151205

十二月四日の産経に「北方領土 露が実行支配誇示」とあり、「392軍施設建設 ゆがんだ(辺境政策」と出ていた。ロシアは今択捉 国後両島に700億ルーブルを、投じて軍事施設を建設し、インフラ整備に16年から25年までに完成させるという。日本は択捉と国後は日本の土地だと言い続けているだけで、何もしないうちにそういうことになってしまった。それっていわゆる不法ではないのか?日本がやんわりとした外交をしているうちに中国は南沙諸島に軍事基地を作る、ロシアは択捉、国後に軍事施設をつくる。それってある意味「内政が追い詰められている」ってこと?それほど財政が逼迫しているから軍事を強化したかったわけ?大体普通なら、お宅の隣の土地に家を建てますのでよろしく、と挨拶をするのが常識であり礼儀であるはず。国際間で礼儀がなければ、後は戦争しかない。日本政府は「適切に対応する」と述べているが、「適切」ってことは、相手を撤退させることだけど、出来るんでしょうか?それとも択捉と国後で労働しているロシア人すべてを捕まえて抑留所に送り込み過酷な労働をさせることができるのか?かつて日本人が痛い目にあったようにやってみることができるのか?日本人は大体最初はトロトロしているが、覚醒して動き出すと極端から極端に走る傾向があるけど、過去の失敗を同じようにするべきではない。このように書くと漫画的だが、現実に中国やロシアがやっていることは漫画そのもの、世界の笑いものになっても良いと思っている点が犯罪的。
2015年12月05日 08:51

20151204

このところ事件が多い。アメリカでは乱射事件、日本では電車の不測のトラブルなど。アメリカの乱射事件でいつも思うが、あの国が銃の携帯禁止令を出さない限り、乱射事件は止まらなはず。そのことをまだ自覚していないらしい。不思議な国だ。先進国なのに後進国並みの感覚しかないのか?

年末はいつも通りの感覚で行きたいが、こころ穏やかでいられない何かを感じる。大体師走が好きではないのが最大の理由。なにしろ大掃除が苦手。年末は、とにかく気分が忙しなくなにをしてもゆっくりできない。だが料理だけはなんとなく作りたい情熱だけはある。生来の料理好き。だがそれほど上手ではない。友人に今から料理教室行きたいと言ったら笑われた。美味しいものが食べたいというわけでもないのに、お料理を常に考える。テレビの料理番組はなるべく観るようにしている。特に気に入っている番組は「男子ごはん」毎回「なるほど」と思う料理が出てくる。その度にノートに書き取る。そういえばお料理は頭脳の若返りに善いと聞いた。そのためか、最近特に身を入れている。若い時は創作料理を毎日作っていた。夫からは毎日美味しいので、レシピを書き残すように言われていたが、指示通り書かなかった。ノートは三日坊主で終わった。あのレシピはもう脳裏に残っていない。もったいないことをしたとつくづく思う。あの当時は創作料理で「毎日美味しい」と言われていたっけ。
2015年12月04日 07:26

20151203

最近思うことだが、幸せか幸せではないか、を競うような巷の風潮がある。一つの考えに絞らなければ生きていけないはずはない。世間の常識や既成概念を勝手にばら撒かないでで欲しいがばら撒きたい人がいる。誰でも宝石や素晴らしい家を欲しいわけではない。その上すべての人が美しくありたい、魅力的になりたいと思っているらしいが、それは一部のひとびとだけであり、この世の億単位のひとがすべてそうではない。勘違いしないで欲しい。ところで新聞に中国の元がIMFに世界的に認められた、という情報が載っていた。数々の評判の悪さを聞いていたので「大丈夫なのか?」と思った。だが世界に何かことが起これば連帯責任でどの国も余波を蒙るはずだ。何事もないことを祈りたい。いつの間にか元が円より強い通貨になってしまうかもしれない。しかし何か中国の焦りみたいなものを感じる。

2015年12月03日 12:36

0151202

最近思うことだが、どこの会社も通販を利用すると、必ずパンフレットをしつこく送ったり、またはメールを何回も送ってきて再度の注文を催促する。これが頭の痛いこと。大体パンフレットを見ないし、なおかつ宣伝のパンフだと判ると開封しない。こちらにも日課としている仕事があるし、なおかつうるさく感じる。もう二度と利用したくなくなってしまう。メールも一度利用すると執拗に再度送ってくる。これもうるさくなり、二度と利用したくない。その上非常に迷惑なのはメールを送られたくない場合は削除登録してください、とありアクセスして完璧に削除しない限り永遠に送ってくる。これが非常に迷惑。結論から言えば消費者に忍耐を強いる売り手側の上から目線だ。消費者を傷めつけ、イライラさせるため努力しているとしか、言えない。消費者を大切にする気がないのか?もう少し考えて欲しい。それから購買欲を刺激したいためか、プレゼントを用意し、連絡させる商法。あれって詐欺的な雰囲気がする。人はただの物を欲しがるその欲目当て。わたしは一度もただの物を欲しいと思ったことはない。なんとか美しい商法を考えて欲しい。
2015年12月02日 05:02

20151201

昨日十一月三十日の産経の「環球異見」に、フランスのフィガロ紙が対テロ対策には「外交と政治面の取り組みが重要」との意見が主流だった、とあった。その通りで暴力だけでは問題解決にはならないはず。冷静に話し合いを続け、どの国にも政治的禍根を残すことのない展開を希望したい。しかしながら今年は世界規模で様々な予想の出来ない事件が多かった。世界中が同じ問題で対処せねばならない時代になってきているのを痛感した。つまり暴力だけでは解決は出来ないことは確かだ。地球は大きいが人々の心はごく近くに在るのを感ずる。
2015年12月01日 06:44

20151130

昨日は年賀状を準備し、画像をパソコンで入力。パソコンを始めてから27年、いつも年賀状はパソコンで創る。だが本名を改名したので、頂いた年賀状のあて名が本名、改名後の名前など複数の種類があり皆が覚えられないのを痛感。なにしろ本名も変わり筆名も変わったので、四種類ほどある。友人知己も「良く名前を変える人だ」と思っているようだ。なにしろ受け取った年賀状で名前をきちんと書いてもらえている賀状は少ない。間違っていても文句は言えない。何しろ兄から旧姓に戻せば、と助言されたのが、原因。銀行関係で苦労したので改名したのだが、旧姓に戻し、なおかつ筆名を変えたので覚えて貰うのも申し訳ない。年末に年賀状をこさえるのは楽しいが、十二月が一番辛い。正月の支度が頭が痛い。自身の年末年始はいつもレンタカーを借りて郊外に出てゆくのだが、今年は無理。なにしろ改装中のため優雅なひと時にならない。

2015年11月30日 04:38

20151129

週刊新潮の連載の高山正之氏の「変幻自在」を毎回のように読んでいるが、12月3日号の「スイス人の行い」に特筆すべき箇所があった。引用すべきであるが、ざっと内容を表現すると、白人は戦争中残酷な行い(軍事基地ではない市街地への原爆投下)をしているが、それを払拭すべく文化財を保護したとか、日本の歴史的建造物を壊さないために京都奈良を外したと喧伝。そのためか日本人たちは白人が奈良や京都を爆撃しなかったことを過剰に感謝していた、というようなことが、書かれている。白人は残酷な行いを隠蔽工作するために、ありとあらゆる努力をしているが、その行為の裏側にあるのは狡猾さだけ。「白人を決して買い被っていけない」と最後に締めくくっている。日本人は京都や奈良を爆撃しなかったことを、感謝し過ぎることはないし、彼らの非道な行いは未来永劫に地球の「遺産」として遺されることに変わりない。
2015年11月29日 05:08

20151128

杉原千畝の映画が十二月五日に上映されるという。ヒットラーの魔の手から逃れたいユダヤ難民にビザを発行した杉原千畝。数千人にビザを発行し、戦後世界中の人が彼を探しに日本に来たというほど有名な歴史的人物である。(以下の情報は11月27日産経新聞の第六面「iRONNA発」に掲載された手嶋龍一氏の一文から引用)当時彼が政府の指令に反して無断でビザを発行した背景には隠された裏舞台があった。杉原千畝は当時バルト海のリトアニアの領事代理であったが、その彼の持っていた情報網は常人が計り知れない壮大なものだった。彼は亡命ポーランド政権のユダヤ人情報将校から高度の機密情報を入手していたのだ。杉原がカウナスに着任する前にナチスドイツとソ連が不可侵条約を結び、日本にとっては悪魔の盟約を交わしていたのだ。(作者注)杉原はこの情報を日本の統帥部に知らせたが、その貴重な情報は無視され、後を引き継いだ小野寺寺信の知らせも統帥部が破り捨てたという。つまりこのような重要な情報を無視したために、後の日本の決定的な敗戦、ならびに満州在住の日本人難民の悲劇とつながっていた。当時のソ連軍によって、多数の日本人がシベリア抑留となり過酷な収容所生活を強いられたと判断できる。杉原の助けた人々が後に杉原礼賛の波を起こすことになった。日本の戦前の悲劇には、壮大なドラマが隠されていたことになる。日本よりも海外で巻き起こった杉原千畝への賛歌は、時を経るにつれ、拡大し映画化まで発展した。杉原氏のビザ発給は、誰にでもできることではない。こうした素晴らしい人材を未来の日本は持ち続けることができるのか不明だ。
2015年11月28日 04:48

20151127

昨日の産経新聞に「オノ・ヨーコ わたしの窓から」展の記事があった。オノ・ヨーコ氏の個展を東京都現代美術館で開催中という。その中に作品の一つの写真があった。タイトルは「We Are All Water」というもので椀らしきものに、すべて水が入っていてずらりと一直線に並んでいる。不思議な作品だが、以前から彼女の世界観のある作品のユニークさを感じていたので、理解できた。だが人間皆「水」という発想が理解できそうで理解が難しい。しかし良く考えると水は我々に一番近いもので、水がなければ暮らせない。つまり彼女は人間は水だから、大丈夫と表現したのか?そうなると恐ろしい作品でなおかつ「こうしちゃいられない」とも言える。才能を感じさせる作品だ。まだ直に拝見していないが、彼女が生きて「水」であるのを感じられるかもしれない。そういえば以前友人が個展を開き、行ってみると莫大な量の塩の山があった。それが作品であると知り、内心ハッとしたが、あの時点で彼女の才能に気が付かなかったわたし。オノ・ヨーコ氏に共通した才能であったのかと、改めて思えた。水も塩もわたしたちの身体に必要なものだ。
2015年11月27日 03:04