高杜 一榮の世界

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モノローグ

20160323水曜日

昨日千葉工業大学のfuRoのことが産経Nに載っていた。千葉Uはロボット研究で目立っているらしい。多くの優秀な学生が千葉大のこのfuRoに関心を寄せているらしい。ロボット研究が千葉大のロボット技術研究センター(fuRo)で行われ、世界的な関心も寄せられているようだ。安倍晋三首相のアベノミックスの三本の矢の一つの成長戦略の一政策がロボットであるため、その注目度は高い。世界的にロボットを輸出する勢いになっている。ロボットをマイナスイメージで見ていた人々は時代の勢いに圧されそうだ。自身もロボットについては何かまだ解決しきれていないものを感じるが、原子力よりは信頼する。「fuRo」は正に未来への扉かもしれない。新しい時代にロボットの働く介護施設、病院、学校、ありとあらゆる場所で人間の助手となって働くロボット。そのうち慣れていくだろう。なにしろロボットに近いコピー機やパソコンにすでに親しんでいるのだから。
2016年03月23日 06:58

20160322火曜日

全国的に各地の桜の開花宣言がなされたということで、日本のお花見が活気付く。最近は
外国人に「OHANAMI」という言葉が知られるようになり、日本のお花見を見るためだけに日本を訪問する外国人が多いと聞いた。これは観光的ばかりではなく、日本贔屓を増やすには最適な催事だといえる。テレビで桜の花の下でシートを広げて弁当を開いて酒を飲む外国人の姿もあった。一昔前はこういう風景がなかったと思える。この催しは観光的ばかりではなく、もっと文化的な要素に発展すると良いかもしれない。商業的にではなく、文化的に美術的にとらえ、もっと大きな広がりにするとかなり有意義。自身は「OHANAMI」文化の広がりを期待したい。例えばお花見と国際会議を抱き合わせでやるというのも一案。中々素晴らしい光景かもしれない。難しいお話も桜の下では柔軟に展開させることが可能ではないのかと思える。
 
ところで、三月二十四日号の週刊新潮の高山正之の「変見自在」にキリスト教徒は残虐だった、と出ていた。戦後日本に派遣されていたキリスト教の宣教師が神に背いた行動をするとは思えなかったのだが、後に有名になった殺人事件を起こしたことがあった。ところがその犯人を国外逃亡させたのはバチカンだったというから驚いた。キリスト教徒以外の異教徒は煮ても焼いても良いという発想だったらしい。つまりキリスト教は異教徒を殺しても良いという教理があるのか?知らなかった。そういえば幼い頃教会で飴が配られていたことがある。キリスト教に親しむ気はなかったが、幼い頃から教徒になっていたら、と考えると恐ろしい。そういえば宗教の教理に殺戮はするな、という意味の戒律があるが、異教徒には残酷に対応することになっているのか?どの宗教もそうなのか、と思える。そういえば兄がかの有名な巨大宗教団体の信者になっていたことがある。かなり高額な本を信者は買わねばならず、金がないと苦労する宗教なのだと思えた。中身を見るとかなり大きな字で大御所の詩が載っていた。金額と中身に落差のある不思議な本だった。
2016年03月22日 07:36

20160321月曜日

今一番気がかりなのは、日本の美徳が未来において廃れ行くのではないか、ということ。例えば災害が起こったとき、水や物資の配給に行儀良く並んで待つ日本人のあの流儀だ。ほかの国では洪水、台風、戦争などの非常事態に美しい流儀を維持でき、行儀良く並んで待つ国はなく、日本は珍しいようだ。この流儀が日本を支えているし、世界で石を投げられないで済んでいる。「我先に主義」か「行儀良く待つ主義」かで世界は変わる。おそらく未来の一時期にその流儀が壊れたなら、思い出していただきたい。いかに日本が品格の国であったか、を。そして我先に何かを得ようとした場合は、その思いが自分の生死を分けるはずだということを。
2016年03月21日 09:00

20160320日曜日

高山正之氏の「サンデルよ、『正義』を教えよう」を読んで今までみえてなかったことが解った。この書によればアメリカはペリーの時代から沖縄を自国の基地にすべく目論んでいたのだという。つまり長い間沖縄が目当てで日本にからんできたということになる。つまり単純に言えば、沖縄はアメリカのハワイと同じになるところを、日本の絶え間ない交渉で現在の形で返還されたのだという。アメリカの究極の目的は世界のリーダーになるということだそうだが、リーダーになるには、領土などは必要ないのではないのか?世界は、見渡す限り武器と核兵器と戦争から離れることはなく、これらの言葉がなくなる国がない。地球はこれで良いのか?と思うが未だに銃の撤廃ができない国がリーダーというのはどういうこと?永遠に地球は戦が耐えない星なのか?悲しい星の宿命か?童話にもおとぎ噺にもならないオハナシが三十一世紀まであるということか?もしいつの日かその日が来たら絶対その時代を目撃したい。その時はあの世からこの世に出張してきます。
2016年03月20日 12:10

20160319土曜日

週刊新潮の高山正之氏のエッセイ「変見自在」をいつも拝読している。エッセイは常に日本を鼓舞させる内容になっている。特に戦時に起こったことや、いかに日本が欧米諸国から虐げられ、イジメを受け、未だにその類が続いているか、を解き明かしてくれる。確かに日本は敗戦後、結構外交的には不利な場面もあった。だがそれは日本が優秀になってきたことにある。日本は戦後飛行機の製造を禁止されていた。その理由は日本の飛行機の性能が高く、欧米の飛行機よりも優れていたためだという。つまり「やきもち」が原因だ。飛行機についてはルーズベルト大統領が「日本人にはゼンマイ仕掛けの飛行機も持たせるな」と言い、マッカーサーがそれを忠実に護り、占領期に「飛行機製造を禁止し、大学の授業から航空力学を取り除いた」というのだから嫉妬もまるで髪振り乱しプライドもないような徹底。相当なやきもちだ。そういう意味では日本は苛められたのだが最近は飛行機も復活し、日本から飛行機を輸出する時代になっている。世界は嫉妬というエネルギーから進歩するのかもしれない。国際的な「やきもち」というエネルギーが経済を支えているのか。アメリカが日本に航空機の製造を禁止したのは自国の航空機を日本に売りたかったためだが、ごり押しを続けるのはそのうち損をすることにもなる。もっとも彼らの航空機の部品は日本製だという。過去には逆に日本製の航空機の部品が外国製だった。つまり世界はそうしてもちつもたれつな状態らしい。日本が追い詰められ、真珠湾を攻撃せざるを得なかった背景がそのようなイジメで包囲されたためだが、これから外交に優れた知能を発揮する人材を育成しなければならないだろう。日本は組織は良いが、欠点は狡さがない点だ。もっと格好良く美しく巧妙に立ち回ることを目指して欲しい。
2016年03月19日 04:48

20160317木曜日

今日は時々皆が使っている「ホニャララ」について書いてみたい。ホニャララが出て来てどのぐらいの月日が経ったのか知らないが、どうやら定着したみたいです。しかし意味は曖昧なことを指すすべてのことを意味するらしいが、まだ良く把握できていない。広辞苑にのっているのかどうか調べたい。こういう新語は日本ではいつのまにか定着してしまうらしい。フランスではそうはいかない。アカデミー・フランセーズが厳しくとりしまっているようだ。今WEB上の辞書でしらべたところ「伏字部分や、穴埋め問題の空白部分を読むときなどに用いられる語」と出ていた。つまり「斯く斯くしかじか」とか「などなど」という意味もあるし、曖昧な実態を総称する言葉かもしれない。こうしてホニャララが広辞苑に載ることになるのだろう。すでに載っているかもしれない。言葉とは生き物で人間のように成長して、そのうち老化して死語になるのもあるはずだ。
 
ところで、話は変わるが以前車を運転していて、後ろで何か音がしたが、後からそばに寄ってきた運転手が降りてくれと言った。それで何か嫌な予感がしたので、そのまま無視して突っ走ってしまった。なにしろ事故を起こした感覚はなかったので、気にしなかった。それに何となくやくざっぽい感じがしたのだ。ところが車をある店から借りていたために、そのルートで追跡され、連絡が入った。そして「とにかく会社に帰って相談しますので、後でご連絡します」というので待っていたが、その後連絡もなく終わった。車の運転では最初の頃かなりいろいろと細かいトラブルがあった。今は何事もおこっていないが、免許返還しなければならない時が来ると思うと何となくブルー。理由は年を取ってからようやく取った免許証なので離れがたいのだ。自分はアメリカの80歳のおばあさんがアメリカ大陸を車で横断してニューヨークから反対側の街に住む孫に会いに行く、という話を聞き、その素晴らしい雄姿に憧れた。自分もやってみたいと思っているのだが、果たしてどうなるか疑問。やろうと思えばやれると思う。日本列島の北海道から九州までの長距離などは無理だが、端から端までやってみたい。
 
 
2016年03月17日 10:43

20160315火曜日

そういえば専業主夫という言葉を聞くことがある。夫が家事を手掛け、妻が外で働いて家族を養う形式だが、意味は判っても「わたしは主夫です」と名乗りをあげる人をみたことはない。実際に身近にいたりするが、その家庭もそれを表に出さないらしく、積極的に主夫を前面に出さないらしい。家庭の問題は微妙だがこの主導権があるとかないに関することは、結構神経を使うらしい。自身が共働きをしていたときは、わたしが稼いだ額が夫の稼ぐ額より高かった時は一度だけでそれ以後そういうことはなかった。その上その時期も家庭内でその立ち位置が上下関係を示すこともなかった。自身が稼いでいた時期は、夫が入院していたので微妙だとか神経を使うなどのストレスを感じるような類の空気はなかった。つまり夫婦は誰がどれほど稼いでも稼がなくてもお互い助け合うという関係で強く土台が築かれていたようだ。夫婦関係や給料に強弱や大小はないといえる。夫婦はどの時代でもお互い助け合う絆で関係が強化されると言いたい。勝手な結論だが、夫婦は荒波や平穏な波などを超えて成長し続ける関係であり、いくら苦労しても、それが夫婦の人生の味付けになっていることを理解すべきではないか、と言いたい。夫に苦労させられた、妻に苦労させられたと、良く聞くがそれは「当たり前のこと」で「それがなければ夫婦ではない」と断言できる。
2016年03月15日 13:18

20160314月曜日

昨日テレビで凄いニュースを知った。日本で初の発明。それも時計型の人工透析器だからびっくり。何故そのニュースに過激に反応したかといえば、今から数十年前に人工透析中の元医師で禅僧に禅を講義してもらっていたから。彼は、以前はスポーツ万能の元気な青年だったが腎臓病となり、いつの間にか人工透析をしなければならない身体になっていた。彼に禅を教えてもらっていた時に、尋ねたことがある。何故禅を信奉するようになったのかと聞いてみると凄まじい宗教へのこだわりがあった。身体が病んでからありとあらゆる宗教を遍歴した。その挙句にたどり着いたのが禅だった。それを聞いて彼の過酷な人生が生半可なものではないと判った。彼が明日をも知れない命だと聞いていつ黄泉の世界に旅立つのか、と会う度に気になっていた。結局彼の葬式まで参列した。御棺の中に用意していた手紙をそっと入れた。今ではどう書いたのか不明だが、並み居る参列者が御棺に手紙を入れるのを見ていたらしい。誰も何も言わなかったが、彼のお姉さんが後で近寄って一言述べられたが何を言われたのか今は思い出さない。そういえば彼は凄い美形で、かなり女性にもてたらしい。御棺に入れたのは恋文だったかと尋ねられたような気がしたが、内容は「今までありがとうございました」だけだった、と思う。晩年の彼は美形だったが、黒ずんでいたことを思い出す。朝から葬式の話で申し訳ないが、今となっては彼が遺してくれた言葉を宝のように思っている。どういう言葉か?って。それは打ち明ける気になった時のお楽しみ。
2016年03月14日 08:42

20160313日曜日

古い手紙を発見した。良くとっておいたと感心するほどだが、自身は何でも捨てられない性質で困る。いつ捨てるか、は他の人に任そう。古い手紙の中に写真も結構混じっていた。それもまったく知らない人の写真。誰であったのか以前は覚えていたが現在は忘れているのか、どうかも不明。最近は年のせいかテレビで見ていても意味不明なものが多くなった。次第に意味不明が多くなりすべてが解らなくなるかも知れない。それを認知症というの!と叱咤されそうだが、大体自分の好きなこと以外無関心の傾向があるので、それも良いかも。世の中知性と知識と知識欲と無知と知ったかぶりの殴り合いの態なのでそれも致し方ない。判らない奴はほっておけば良いという感じ。というわけでここで知りたいことがある。テレビドラマを観ていて何故か内容が混沌として解らない時は他の人はどうしているのだろう?わたしは解らない時のための週刊誌、テレビライフの解説を観る。そうすると大体解る。テレビはそれで解決されるが、何故人間は解らないものがあると追求して解るまで辿ろうとするのだろう?そこで気付いた。人間は知りたがりの生き物であることを。知ってどうなるの?と考えない。つまり人間は考える動物ということなのか?まだまだ知りたい人間の一人です。
2016年03月13日 06:35

20160311金曜日

エアコンを使わない主義のわたしはガスストーブのそばで仕事をしているのだが、最初はパソコンを開いてもすぐに打てない場合は、薄いポリエチレンの手袋を両手にはめて仕事を開始する。そうすることで、かじかんで指が動かないことはなく、キーを叩ける。結構この薄い手袋で寒くても仕事ができる。今日は東北大震災五年目であちらこちらで記念の行事が行われている、という。知人も地震があった数週間後に被災地を見舞に行ったというのを聞いたことがあった。彼の感想は「その地に立って広大な土地が海に飲み込まれた場所で何も考えることはできなかった」で、あたり一体が無限に広がっているだけの大地の上で人間の無力を痛感した、と推測できた。見た人しか感じることができないほどの衝撃。わたしたち日本人はこれからも引き続き、まださまざまな天変地異に見舞われる運命なのだろう。どの程度の防災を準備すれば良いのか、まったく判らない。しかしながら一方では海の藻屑の中に埋没し、未だに遺体すら出てこない人もいる。また一方ではわたしのように災害に遭うことなく年を経て無事の者もいる。運命とはいえ、誰がそれを振り分けているのだろう?知人のように地震のあった被災地に一度は行ってみなければ、と思っている。
2016年03月11日 17:04