高杜 一榮の世界

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モノローグ

20160122金曜日

東京裁判のことを勉強しているが、平塚氏の著書「東京裁判の全貌」によれば、弁護側の日本人の弁護団長清瀬一郎弁護人が「この裁判は罪刑法定主義(適合する法律がなければ裁けない)ならびに法律不遡及(法律がない時代の案件は裁けない)の原則に沿って行うため連合国側の「平和に対する罪」「人道に対する罪」で被告を裁くことはできない、と強硬に主張したが、それを通訳から聞いたキーナン検事が眼を剥いて言った。
「戦勝国が侵略戦争の責任者たちを処罰できないという理由はない。日本は無条件降伏したのだ」
 この頃民主主義が日本にしっかりと根付いていなかったためにこの言葉に騙された。
 このキーナン検事の文言は、本当におかしい。なぜなら侵略戦争だったかどうか自体も現行の裁判で真偽を見極めなければ裁判とはいえないのではないか?あの当時民主主義の教育がなされていない日本人に一方的に日本側を追い詰めた不公平な裁判だった。しかしながら日本人は国際的にイジメを受けても良く立ち直って現在も何事もなかったようにあの国とつきあっている。不思議としか言いようがない。日本がそれだけ度量があるってこと、つまり大国の精神風土の規模からいえば日本が上か。
2016年01月22日 13:15

20160121木曜日

昨日池袋のヤマダ電機に行ったら新しい携帯がたくさん陳列されていた。携帯を使うようになり、その便利さが気に入っているが、しかし考えることがある。何故ならこの便利な器具を使うことにより、何か自分からなくなってゆくものがあるのではないか、ということ。昔は電話もテレビも冷蔵庫も洗濯機もなかった。最近あのチベットやネパールなどの日本とは進歩が格段に差のある国から来ている人の話を聞いた。彼女は洗濯機に感謝していると言っていたのだが・・・。素直に便利な暮らしをしていてよいのかどうか?便利さとはどういうものかと振り返って考えたくなった。何故なら何か便利な暮らしは、我々から何か大切なものを削除させているのではないかと思ったためだ。何がなくなったのか?それは脳からある大切なものがなくなって行く。大切なものとは、便利ではなかった時代の感覚、感性。本来そなわっているものがなくなる。それは当然あるはずだ。それがどれほど影響を人間に及ぼすのだろう?これはわたしのこれからの課題になるだろう。昔の人になって考えよう。
2016年01月21日 06:44

20160120水曜日

昨日の産経に別府郁郎氏の日本人のスポーツ応援に関する特色について述べていた。日本人はどの国のスポーツでも別け隔てなく応援する。その国のカラーではないシャツを買い着込み勇んで観戦に行く。外国の応援団とは全く違う。その日本のスポーツ観戦の特色と日本人自体の人のよさをべた褒めしている。たしかに日本人は結構お人よし。別府氏は「コインランドリーを尋ねたら自宅の洗濯機で洗ってあげた」「終電なくなったら見知らぬ女性が一万を貸してくれた」などの親切な日本人を列挙した。確かに日本人はそのようなわけで結構日本人株をあげている。自身も同様に外国人には親切にしている。日本人がブラジル・ベルギー戦のユニホームを買って嬉々としてスタジアムに入ってゆくのを「日本人って自国の試合でなくても楽しそうにユニホームを買う」と売っているブラジル人が驚く。この日本的親近感が永遠に続くように祈りたい。ただスポーツが好きなだけではなく、日本人を知ってもらえる機会をかならず見つけて「日本」を輝かせてあげたい。戦後七十年様々な日本観が出てきた。ケント・ギルバード氏が今運動をしている。「日本はプロパガンダで追い詰められていた。復権をしなければならない」と。
2016年01月20日 05:50

20160119火曜日

毎日パソコンに向かっていると、パソコンの調子がイマイチのりが悪い時がある。友人でパソコンを、はなっから嫌っている人もいた。その人のことが理解できた。急いでいる時に機械が「自己主張」したら、非常に腹が立つ。そういう時はパソコンを辞めたくなる。だが日本にパソコンを最初に使って誰も使っていないパソコンの普及に努めた一応パイオニアでもあるので、易々と中途では辞められない。というわけである意味自分との闘い。なにしろインターネットを繋ぐと毎回「接続できません」と出る。コントロールパネルを開き、問題の発見という項目つまりトラブルシューティングの項目をクリック。順序に従ってやってみると簡単に修復できる。だが毎回コントルールパネルに世話になる手数がかかる。こうして修理かな?という疑念が起こっている。だが修理に出すと一月ほどかかる。その間使えない。仕事ができなくなる。そんなわけでもしこのコラムが出ていなければパソコンの事故と思っていただくしかありません。新しい機種に入れ替えを考えつつあるが、まだ使えるから待てよ、って感じもあるのです。

2016年01月19日 13:14

20160118月曜日

本日は星占い第二位、携帯の星占いでは第一位。ところで昨日新聞をめくったら高速でのバス転落の記事が三面にいっぱい出ていた。スキーに向かう若者が乗っており、十四名が死亡、怪我人が数十名でたという。自身はスキーはしたことがなく、スポーツには縁がないといえる。だが年を取ってからスキーをやりたいなど思っていた。しかし昔から遊びのために時間を費やし、西に東に奔走している人を客観的に見ていて内心実は「生き急いでいる」と眺めていた。何が流行っても動かない。この性格はいつ頃できたのか判らないが、正直言えば世間一般の人は良く動きあちこちに出掛ける、と感心する。多分それなりに深層世界が広がっているのだろうが、動いて得られるものと動かないで自身の奥にあるものを醸成するのとどちらが良いかと比べたい。わたしはあちこちに動かずに、自身の中の宝を醸成していたい、と思う。だが醸成するとはいえ、良い酒ができるわけではない。もしかしたら酒を飲んだ方が手っ取り早いのではないか、と言われそう。
スキーをしないうちに事故にあって亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします
それぞれの親御さんが悲しんでおられるでしょう。どうか悲しみのあまりお体を悪くなさらないようお願いいたします。


2016年01月18日 05:49

20160117日曜日NO.2

マッカーサー元帥が日本の占領体制の間になしたことは莫大にある。民主主義つまりデモクラシーの植え付け、教育改革、女性の労働改革、女性の参政権、神道の改革など数え上げるとかなりの種類になる。その中で彼が独断で考えていたのは聖書の配布。聖書の配布と並行して行ったのは「太平洋戦史の歴史」の配布。マッカーサーが書いた日本軍の敗戦の記録。つまり日本国民が軍部の「〇〇の地で日本軍は勝った」などの偽情報とは全く逆の日本軍の真実を暴露した。それまで騙され続けていた国民は真実を知った。そのショックはどうであったのか、は知らない。彼はテキストの日本語版を作成させ、小学校、中学校、高校、大学ならびに教職員すべてに配りまくった。おそらくフィリピンで日本軍に負けたのでその分情熱的に配布したと見える。彼が日本に赴任する気になったのはそれが目的だったのかもしれない。マッカーサーが、それらを配った目的はおそらく自身を国民に知って欲しかったのかも知れない。彼のそうした努力なのか、国民から人気があったという。戦争後の女性は労働改革で改善されているので、女性の労働条件は現在一応男女差が少ない。それはマッカーサーが変えてくれたものある。米国から使節団が来て、実行されそうになった事項の中には、漢字の廃止と書道の禁止だったというから、恐ろしい。その理由は漢字で書かれた文書を米国側がすぐには判読できないため。すべてカタカナにせよ、などの暴挙が行われそうだったのだ。神道もかなり弾圧を受けた。あの当時の人々は良く耐えた、と思う。今の若者は過去の占領時代を良く勉強するべきだと思う。

2016年01月17日 05:57

20160115金曜日

ところで戦後70年も経過してから、第二次世界大戦の日本の評価の変化が見られる。これは連合国軍や列強という名前で表わされている国々の良心なのか、日本があの戦争に突入したのは正当な理由があると弁護し始めている。もし自身の国が同じような眼に遭ったら、同様に真珠湾攻撃でもしていただろう、とまで発言している人物もいる。これは夢でもなく現実なのだと改めて驚く。つまり日本を叩いたのは、それだけ日本が真っ当なことをしていたことの証明になる。列強(つまり欧米)は、日本に対して人種的偏見が存在したことを自白していることになるのだ。彼らが自白し始めたのは、子孫に対する配慮の表れかもしれない。将来隠されていることは白日の下に曝される可能性は、絶対ある。そうなれば申し開きができない。列強が日本を追い詰めた事実を隠しきれないはずだ。これからどのような国際関係が築かれていくか、興味がある。穏やかに平和が続く、紛争のない世界になることを期待する。
2016年01月15日 05:22

20160114木曜日

年末から戦後の占領時代のことを書いている。マッカーサーが日本国民に聖書を配るという企画を持っていた、という逸話を以前書いたことがある。あの当時彼が米政府から天皇陛下に指示する権限を与えられていたなどの情報が史料の中に出てくる。日本国民には衝撃的な情報だ。最近は戦後七十年ということで、占領時代のことがマスコミに多く出てきて、その中身も興味深い。GHQで働いたヘレン・ミアーズという女性がいる。彼女は戦後の日本のことを本にした最初のアメリカ人である。「アメリカの鏡:日本」を出し、日本でも出版された。わたしが何故この女性のことを調べていたかといえば、図書館でこの本を見た時、発禁本扱いで、借りて読みたい人は住所と電話番号を書いて届けるように但し書きがついていたためだ。今から数十年前のことで戦後相当な時間が経過していたにもかかわらず、なおかつ発禁本になっていたのが奇異だった。そのためなおさら興味を抱いた。発禁本扱いと書いてなかったら借りて読まなかったかも知れない。この本は「日米は戦争になったが、日本は悪くない。逆にアメリカや連合国が悪い。日本はアメリカの真似をしただけだからこの戦争の真の戦勝国は日本だ」というような内容であった。やはりGHQが日本人には読ませたくない内容だったのだろう。今、ケント・ギルバート氏が「日本の若者よ、日本の真実に目覚めよ」と同様の趣旨でキャンペーンを展開している。とうとうアメリカを告発する時代になってきたようだ。あの戦争の真の勝者は日本だったこと。日本軍は正しい道を歩いていたことを証明できる時が来たのだ。なにしろ日本が介入しなかったら、現在独立しているアジアの国々は未だに植民地であったはずだから。日本がすべて白人が植民地にした国々を解放したのだからアジアで何か言われたら真実を話さなければならない。長くなって悪いが数十年前ある留学生がオランダの街角で「日本軍にやられて傷が今でも残っている」と傷口を見せられた。彼は即座に言った。「ごめんなさい」そう言ったがそこでいうべきだったと、わたしは思う。「あなた方はアジアのあそこで何をしていたのですか?」これから外国に出かける日本人留学生は、日本の真実を知らないと、外国で恥をかく。戦争のことで何か言われたらアジアで白人に食い荒らされていた国々を助けたのは日本です、と胸を張れ、と言いたい。
2016年01月14日 06:27

20160113水曜日

最近の傾向として軽めの生き方の見本がある。アルファベットで会話を盛り上げている例のアレ。流行らせたのはKYで空気読めないという意味を表わしたパイオニアの人だと思う。現在はGKでガクンと来たを表わし、BNで馬鹿と罵った、MTでまさかトンズラされた、LOKでラブでケリを入れたなどたった今作ったものだが、結構量産できるのが楽しい。これもDAIGOが流行らせたのであって、KYの出発点ではこれほど発展するとは想像できなかったかも。こうした会話は一応暮らしを明るくするし、なおかつ何があっても「ま、いっか」で済ませられる。だが最近軽めの犯罪、軽めの生き方、軽めの思いつきが横行する。それもウツが蔓延する都会には最適な処方かもしれない。最適な処方:SSです。しかし、爆弾が落ちてきそうな時も爆弾落ちるかもと「BO」と言って安心しているのもどうかと思うけど。
2016年01月13日 08:55

20160112火曜日

不景気が原因なのか、テレビドラマが少なくなったような印象がある。警察の日頃の活動を記録したドキュメンタリーとか、無数の芸人を集めたバラエティとか、そういう種類の番組が多いのは手軽だからなのか。だが隅々探すと、唸るぐらいに素晴らしい番組があったりするから、単純にテレビを消せない。スーパーの万引きを隠しカメラで追ったドキュメンタリーでは、年寄りが万引きをする場面があった。常習犯らしき女性は金を持っていても、商品を巧みに盗るのを見るとビョーキであるらしいのが判る。そういえば、万引きを捕まえる保安係をしていたガードマンの人に、実際の犯行を見せてもらったことがある。デパートに行き、客を眺めていて「ほら、あの女の子これから絶対やるから見ていなさい」と指したところに十代と思しき中学生ぐらいの子が店内をうろついていた。文房具の棚から何か小さなものを手に取ると、それをカバンにさりげなく入れあたりを見回し、そのままデパートの外に出た。元ガードマンは後を追い、近づいて女の子の肩を叩いた。いとも簡単に捕まった。つまり万引きが常に行われており、毎日保安官は見つけて、万引き犯の肩を叩き、最終的に警察に連れてゆくという段取り。聞いたところ全国の万引き被害額は数億単位だという。テレビドラマでもその種のドラマがあった。しかしドラマの現場を報道するのも考えものだと思う。何故ならドラマで学習しかねないのではないか。自論としては、殺人も万引きもドラマにするとそれで学ぶ者も出てこないとはいえない。
2016年01月12日 07:11