高杜 一榮の世界

WELCOME TO TAKAMORI COLLECTION

0250151123.jpg

高杜 一榮の世界 ≫ 高杜一榮のモノローグ ≫

モノローグ

20200509土曜日

テレビで好んで良く観ているのはNHKの「ファミリーヒストリー」これは有名人または特別な履歴のある人物の祖先を辿り現在の人物とどう繋がっているか、そのファミリーからいかにして出て来たかなどさまざまな側面から詳細が解説され、ナレーションが特にテーマに沿って優雅に展開されてゆく。その人物のこれまでの歩みなどを映像と解説で描く番組で、今までにかなりたくさんの人のファミリーヒストリーを報道していた。つい最近でいえば、講談師の神田白山氏のファミリーヒストリーを観ることができた。神田氏の場合は曽祖父の時代に外国に出てその地で多くの人に愛されたという情報もあった。この番組は一時間程度の時間でその人物の祖先がいかなる種類の人で、祖先が現在の人物にどのように影響を与えたのかなどの面も解説している。その上ナレーションが判りやすく優雅で聞いていてとて心に染みわたることも加味すると、色濃く深い思いが伝わってくる。つまりその人物を語るための重要な要素をナレーションがいくらか影響があるように感じた。自身がこの番組のファンなのでなるべく消えないでずっと続行していただきたい。そして新たにファミリーヒストリーを作成するのであれば、日仏外交史研究家のクリスチャン・ポラック氏のファミリーヒストリーを創っていただきたいと願っている。クリスチャン・ポラック氏はナポレオン三世と徳川家茂との極秘外交をパリの外交資料館で発見した人物である。ポラック氏が発見していなかったとしたら、日本の近代化がどのように発展されてきたか、判らないままであったと推測できる。

2020年05月09日 10:40

20200503日曜日

コロナ騒動はまだ続行中で、テレビではすぐに終結しない、と宣言している。つまりコロナはそう簡単に消えてなくならず、未来永劫に人間に取り付いて、悩ませ、殺しなおかつ絶対消えてなくならない、と宣言している。コロナは人類が始まってからすでにその仲間が出てきて何世紀もくたばらずに続行し続けることを誓っているようだ。つまりは彼らは「強く、激しく、殺し、諦めず」人間に取り付いて人間が「お前はもう我々が始末したからアーダコーダ言わずに従え」と叫び続けさせるつもりらしい。コロナは永遠に人間に取り続けて傷めつけ、殺し、飽きもせずに、生き続ける恐ろしい毒ということになる。人間は今まで数多くの敵を倒してきたが倒しても倒しても死なず永遠に人間を痛めつけ、悩ませ、最後には殺すという目的で生きているということになる。つまり殺さないで彼らを活かさず殺さずの状態で「手なずけ、いつのまにか人間にしてやられた」と向こうが諦めて撤退するまで我慢するしかない。ともあれこの何でも自由になり、人間であることを幸せであると思っていた人間に、果たし状が届いたという風に解釈しておればよいのではないか。コロナは根が質がコロナという通り悪いので、生半可なことでは「クタバラナイ」だから、コロナの一番の弱点を探して、頭を押さえつけ人類の力を見せてやるしかない。できれば、の話だ。令和になってからこういう毒が出回るとは想像できなかった。しかし名前の響きは悪くはない。しかし「ス」をつけると「コロスナ」になるのはしたたか。
2020年05月03日 12:44

20200412日曜日

コロナ感染騒動が終結するのではないか、という兆しがありそうだ。アビガンという名の薬品の開発が進行中。おそらく五月以降コロナを撲滅出来る体制ができるのではないか。しかし世界は七転八倒の苦しみからかなりの混乱が見られるし、中には病院で診てもらえなかったなどのトラブルが続出し、混乱は拡大している。我々医師でも医療従事者でもない雑多な人間たちは見守るしかない。だがここで不思議なことに気付いた。誰もコロナ騒動の全体の把握や終結の責任者が日本にいなかった、ということ。これは国が騒動が始まった段階でコロナ対策担当の総指揮官を指名していなかったということ。マスクの問題にしても、それをいち早く手掛ける責任者を設定していなかったので、現在まだ問題を解決できずにいるのではないか。機能の良い透明なのコロナウイルス除けのフェースシールドというマスクをつけた病院関係者たちは、生死の狭間で必死に任務を続行しているのを、見ると本当に感謝の念しかない。こういう時にただ見守るだけの大衆はできれば何か自身が役立つことはないのか?と焦慮の気持ちを抱いてしまうが無関係な雑多な大衆はただおとなしく待つのみでしかない。しかしすでにアビガンとかいう薬が確実にコロナに効果あるという情報があるが、これが一般に出回るのはまだのようだ。つまりこの日本的物事の進展に根差しているのは仕事の仕方、指揮官不足ではないのか?しかしここにきて医療崩壊という問題が起きている。自身の近くで医療を受けられないと、埼玉県から東京まで診療や医療を求めてくるという混乱。これは正確にいうならば、国家的な危機的状況に主に対応して解決する陣頭指揮官が最初からいなかった、ということ。コロナ騒動が起きた時点で担当する総合指揮官が存在しないから、起きたことではないか?アビガンが登場してもそれを陣頭指揮して、それ相応の騒動終結を手掛ける総指揮官を国家が指名しなければならないのではないか?アビガンがあったとしても、このアビガンを使用実施を発する陣頭指揮官が必要ではないのか?それを手掛ける人を国家が指名して任せておく必要があったのではないか、と思う。混乱が混乱を生み続けるのではなく、その総指揮官が旗を振って収束まで導いてゆくという全体像を新たに描いて実行するべきではないか。アビガン使用実施を発するのでさえ躊躇する体制では、医療崩壊につながりかねない。
 



 
2020年04月12日 09:05

20200406月曜日

飼っている猫のナツキ(出逢ってすぐ懐いたのでナツキと命名した)にある日話しかけた。「あのさ、今度生まれてくるときにナツキが人間でわたしが猫ってことがあるかもしれないのよね」すると彼女(雌に生まれているんで)じっとわたしの両目を見ている。「そうするとねわたしが猫の場合、ナツキちゃんはちゃんと思い出してね、つまり猫だった時世話になったひとだとか」するとナツキは重大なことを言われていると感じたらしくじっと真剣な眼差しで私を見つめていた。するとわたしも重大なことをしゃべくっているのを意識して、ハタと口を閉じた。これはまずいかも。「生まれ変わっても相手になるのかよ」と言われてしまう、ような気がして悲しくなった。「ごめん、なつきちゃん、今言ったこと忘れてね。生まれ変わったらその時はその時で自分の思ったままで良いから」と言ったら、自分の全身の白い毛をやたら嘗め回し真剣に作業に没頭し始めた。ナツキは出会った時に鳴かない猫だった。つまり聾唖者ということになる。いわゆるオシ。それが判っているから、なおさら生まれ変わったら、の仮定の話を考えると微妙に悲哀が漂う。配偶者に死なれること数回。今では相棒のナツキちゃんのみが同棲の相手。彼女はしかし人間以上に細やかで、まるで人間と一緒に暮らしている気分が漂うことがある。「生まれ変わったら会いたいから忘れないでね」と囁くのだが、ちゃんと覚えてくれるのか、心配。もっとも生まれ変わったらそれなりに賢く対応してくれると思うが、こんなに頼りない飼い主で御免なさい、と思っている。ともあれ彼女と出逢った時からもう三年以上経つ。最近はどちらが飼い主か判らないほど彼女が頼もしく見える。
2020年04月06日 05:34

20200404土曜日

世界的にコロナ騒動が広がり、毎日テレビで感染者の数と死者数がを報道している。そういう数の報道も必要かもしれないが、もっと重要なのは人々の精神の持ち方への注意ではないか、と思える。皆今までになかった国家的一大事に右往左往して、冷静さを失っているように見える。どうか冷静さと知恵の捻り方に気を配ってください。などと上から目線で言うわけではないが、今回の国家的動揺は、ほとんど冷静さを欠いた失神めいてみえ、同じ国民としては見てられない。もっと根性と度胸と耐え忍ぶ底力を持ってほしい。自分もほとんど冷静ではいられない、とは思えるが、脳裏の底では「コロナで死ぬのも一案」などと不謹慎なことを考えている。つまりコロナを恐れず、歴史的な騒動の真っただ中で堂々(または密かに)死ぬのも結構良き案ではないかと思ってしまった。どうせ後数十年で死ぬのなら騒動の最中に死ぬのもそれほど変わらないし、皆と共に団体であの世に引率されて行くのもなかなか記念碑的に「良いのではないか?」と愚かな発想に浸ったりしている。はっきりいえば、他人であれば「ぶっ叩きたい人物になっている」かのよう。しかし五月六月には収束するという報道もあるので、そうなるように祈りたい。皆頑張って欲しい。日本国民(またた地球人)はコロナに勝つと信じよう。


 
2020年04月04日 08:38

20200327金曜日

テレビを見ていたら総理の夫人である昭恵夫人が花見をして楽しんでいた、と議員の一人が述べていた。呆れたの一言。大体政府はあの議員一人一人に幾ら払って働いてもらっているのか判って質問しているのか?夫人が花見して喜んではいけないのか?それほど日本は保守的で封建的な国家なのか?何故そのような政治とは次元の異なったテーマで議論をしなければならないのか?発言して総理夫人に対して難癖つけた人は、大体政治を何と考え働いているのか?自身の発言の機会が大いなる損失になるのを判っているのか?それとも議員の仕事を正確に把握していないのではないのか?「あなたはそれでも政治家か?」「選挙で選ばれたから何でも議題にしても良いと思っているのか?」「日本の議員は足の引っ張り合いだけだと言われても良いのか?」「それとも議員は足の引っ張り合いだと教えられたのか?」どうか世界が日本の議員の質を厳しくみているのを忘れないように。日本人ばかりが日本の議員の発言をみているわけではない、のを理解して出直してください。
2020年03月27日 19:08

20200324火曜日

コロナ騒動で世界中が荒れ狂っているけれど、日本人はヨーロッパの人々よりもはるかに感染率が低いと判断できる点があります。それは日本人の挨拶と特にフランス系の民族の挨拶と異なるからである。日本人は抱き合って頬と頬をすり合わせる挨拶はほとんどというほどしない。フランス人やヨーロッパ系(アメリカも含んでいる)は、抱き合って頬を接近させてしまう。そのような習慣のない日本人は感染しても、それほどひどく広がることはないと判断できるといえますがどうでしょうか。現時点で皆注意していますが、これから日本式の挨拶、話し相手と一メータほど離れて挨拶するようにすれば、感染は広がらない。頬を接近させたり、ベーゼ(キス)しなければ感染は広がらないと言えるかもしれませんが確かなことではありません。世の中は一概にウイルスの原因を把握できるものではなく、また解決が簡単にできる訳ではありません。現在八方でウイルスに打ち勝つ絶妙な技や医学を模索している最中であります。過去に最悪なウイルスに打ち勝った人類ですから、そのうち解決を付ける筈でしょう。それまで信じて待つしかありません。つまり人類はどんな時代でも試されている生き物なのでしょう。

2020年03月24日 12:22

20200318水曜日

世界的にコロナ騒動で大地震が起きた具合の日々が続いている。何が慰めになるのか、判らないが不安感だけが漂い続けている。こういう時に役立つのは気晴らし。自身はカラオケに通って、マイクを握り、生きているためにはマイナスになるすべての不安を取り除くのが通常だが全く行って歌う気がしない。それだけ年を取ったといえばそうかも知れないが、あれほどカラオケでストレスを発散したことのある自分だが、最近はそれもしない。一番良いのは買い物。それも充分な金をもっていれば出来るが、リッチではないわたしはそれもしない。今日テレビを見ていたら国民すべてににかなりの金額を政府が「配給(バラマクという言葉がある)」してくれるという朗報を知った。何のためにばらまくのかといえば、その根底には景気回復なのだ、と言う。中々政府も「ない知恵を絞った」のかもしれないが、配給しても使う人は使うが、大抵老人たちは、使わないで神棚にあげて飾って置くぐらいではないのか?人にも寄るけど働いて得た金ではない場合、人はかなり屈折した受け止め方をするのではないだろうか?かくいう私はその部類。素直ではない。素直は小学校に置いてきた。あそこにわたしの素直が転がっている筈。今回の配給はしかし受け取った瞬間に使うために走るかも知れない。自分の懐の痛まない金は早く使うべき、という「悪知恵」が脳裏の底の底にへばりついている。しかし金ほど人間を貶め、愚かにし、感情を狂わせる「存在」はないと思える。しかし政府からその配給が来たら素直に両手を合わせて「ありがとう」というつもり。

 
2020年03月18日 09:52

20200315日曜日

自身が良く見る番組は「ファミリーヒストリー」というNHKの番組で、毎回どんな人物のファミリーヒストリーでも、感動がそれぞれ異なるので面白い。なにしろNHKのすべての優秀な人材を駆使して作り上げているらしいので、深いし濃いし、なおかつ感動がそれぞれ独特。芸能人や社会的にかなり名をなした人でも、ご本人が全く知らなかったご先祖を数々取材したために番組に込めた濃度の濃い熱意が凄い。毎回一緒に取材して集めたビデオや資料映像で辿ると、本人も知らない祖先の職業や、会ったこともない遠縁などが出てきて、スリルのある場面になる。民放側ではそこまで出来るかどうか不明であるといえるほどの取材力。おそらくいったん人物を選んだとすれば二年か三年位時間が掛かっても完遂しようとする熱意がありそう。毎回「生まれてから一度も会ったことはなかった」という人物を探してその人物の祖先や遠縁の繋がりを公開してみせてくれる。そのためその人物の背景も祖先も明らかにされてしまうわけだが、もしそういう具合に捜索されたら、何が出てくるか不明なので、不安になってしまう人もいるかもしれない。概ね溯上にのせられた人は驚き「今まで全く知らなかった」と述懐しご先祖が上海に暮らしたとか聞いていたなどの記憶の断片を打ち明けたりする。つまり過去の真実が白日の下に晒されてしまうのを好む人がいれば良いが、そうではなかった場合であってもかなり薄氷を踏むに等しい不安感もないこともない、のではないだろうか。ともあれ全く知らない人のそうした先祖の存在や行方不明の人との再会などはドラマのようでスリリングでもある。毎回ファミリーストーリーを見る度に一本の立派なドラマを見るような気がしている。この番組を作っている方々のご苦労を思うと、深い感動を覚えてしまう。どうか今後多くの感動を呼ぶファミリーストーリーを制作してください。
 
2020年03月15日 14:01

20200312木曜日

世界的なウイルス騒動でテレビでは毎日「コロナ、コロナ」とうるさい。のんびりしてぼーっとしているのはわたし位かも。何故のんびりしているかといえば、コロナに巻き込まれてあっという間に黄泉の国に旅立つという案も悪くないと思ったため。死ぬことが怖いとはあまり考えていない。というか自殺するよりは、手間がかからないで、終活できて便利かも。冗談だが本音半分。しかし真面目に人生を歩んでいる人からは白い眼で睨まれそう。ところで冗談はこの辺で終わりにして、わたしの猫の話を書く。最近わたしの相棒の猫のナツキが非常に面白いことに気づいた。彼女はわたしと同棲し初めてから、次第にわたしの流儀に慣れたのか、面白い反応を示す。わたしが「お食事」(エサとかいう軽蔑を含んだ言葉を使わない)を用意しようとすると、敏感に察して待機しているが、その反応が面白い。食事を作っているのを知っているが焦ってわたしの傍に来ないし、もし食事がイマイチ期待したものと異なった時のために、期待しているふりをしないで非常にさりげない感じで待っている。用意をして彼女の前に食事を出すと、静かに寄ってきて、ゆっくり食べ始める。彼女には、数種のお食事が用意される。毎回同じものではない。まず乾いた細かいPF(ペットフード)、柔らかいペースト状のPF(マグロやツナなどが入ったものもあれば様々なものが混じる)小分けされたPFは約三回分のものでそれを開けると朝、昼、晩と出せるような具合に容量が1グラム程度のもの。後は缶詰で開けるとペーストではなくやや硬めのPFで、開けてから半透明のラップに包み、三十個位に別けて冷凍庫に保存する。彼女にあげるのは毎回同じものではないが、その都度自身の気分によって選んで与える。彼女は食べてしまうとすぐドアの前に座り込み「外出しますのでドアを開けてください」と態度で示す。開けてあげるとすぐ出かける。大体一時間後位に帰ってくるが、友達との時間が長くなっていたのか、半日帰らないこともある。こういう具合で、毎日が忙しい。彼女の「お食事」のことが気になってしまう。ある時などはお食事の在庫が切れて買い出しにいかねばならなくなり、慌てて外出し、ようやく彼女の食事時間に間に合ったこともある。このように猫狂いのわたしは毎日がなつきのために時間を取られている。時々「いつか永遠の別れが来るかも」とその日を思い浮かべると涙がこぼれそうになる。猫狂いもここまでくると笑えない。しかし時には「今日出してくれたのすごくおいしかったよ、ありがとう」とでも言うように近寄り、頬擦りをする。彼女は生まれながらに鳴かない猫なので、そのためもあり、別れが辛くなると思う。彼女が食事のお礼を全身で表すほどなので、すでに魂は人間になっているのかも、と思える時がある。
2020年03月12日 13:26