高杜 一榮の世界

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モノローグ(姓名判断教室)

20210306土曜日

ビンとか缶とかペットボトルを処分するのは毎土曜日。うちの周辺も同じようにきっちり土曜日毎に箱が並びその箱に分別ごみを処分する。それは毎週のことなのでそれほど気にはならない。だがうちの家のすぐそばにコーラやコーヒーなどの自動販売機が建ってから久しい。その自動販売機のことについて述べる。大抵の男性はコーラやコーヒーを飲んだ後の缶や瓶をきちんと処分できる人は稀で、ほとんど飲んだ後は塀の上に置いたり、販売機の周りにそのまま(何の迷いもなく)空の瓶や缶を置いていく。見ていると「誰かが片付けてくれる」「ここに置いても怒られないだろう」「自分の飲んだビンを置いても警察からは調べに来ないだろう」と推測しているらしく大抵自動販売機の傍は缶、ビン、ペットボトルなどが乱雑に捨てられている。毎土曜にそれらを集めて分別の箱にそれぞれ処分するのはわたし。誰も絶対片付けて行ったためしはない。ある日ビンを飲んでいる人がいたので、予め注意をしたら、そのひとは別なことでそこにいたのであって、持っていたのは自動販売機で買ったものではなかったらしい。「僕は自分の飲み物をもってきていたので、空瓶をここに捨てる気はありません。ご心配なく」と言われてしまった。意外な反応に驚いたけど何故かいくらか懸念が残った。しかしそれ以上抵抗しないでそのままにした。自動販売機を作った人は、空ビン、空き缶、空ペットボトルのなどの処分をじっくり考えて設置したのであろうか?と今その疑問を抱いている。ともあれ片付ける気になる人は大抵女性らしく、男性がビンなどを処分しようとしているのは滅多にない。ともあれ道路を綺麗に保つというのはかなり難しい。テレビでみた莫大なごみの山の写真が脳裏に過ぎて行く。あのようなごみの山にはならないから少しは楽だけど、道路の美化は心のある人に任されているということになりそう。

姓名判断教室
姓名判断をしていると必ず有名人や芸能人の名前が気になる。しかし今まで数えて16の合計の数が出ている人の運勢がかなり吉運が大であるのを確認している。芸能人でかなり躍進しているのは16を持つ。姓の二番目と名前の一番目の数を足して11、13、16になる人は大吉運。店名やグループ名が16になれば、おそらく幸先は心配なしといえる。常に念頭に16の数字が最高と覚えておいて間違いない。
 
2021年03月06日 13:51

20210302火曜日

テレビを観ていたら300キロはありそうな大デブの外国人の女性が莫大な量の肉を食べている姿が見えた。唖然とした。見てはいけないものを観させられたと思った。誰かの悪意のある悪戯にしてはやりすぎ。その映像の目的は何だ!と叫びたかったほど。その光景を撮影して世界に広げて、何の利益があるというのか?映像を映した者も、その映像を流している者も何を目的にしているのか?理由を知りたい。日本ではそういう類の映像を流しても犯罪にはならない。だがそれを観て「まだわたしよりも肥っている人がいる」と安心している人もいないことはないだろう。その上広めても犯罪にはならないだろう。だがその許容スタンスははっきりえば、犯罪者の群れと同じだといえる。300キロ以上ありそうな女性を生かしておく度量があるのは良いが、それは犯罪に近いと言えないことはない。肥っていることは未来の食糧事情の変化には全く視線を移していない。もうそんなに地球は余裕があるとはいえない。地球の無駄、細かい無駄を今から細かく判断していかないと、自分たちで自分たちの首を絞めることになるはずだ。巨大デブは罪人と同じレベルにあつかう必要ありだ。
姓名判断教室
今日は凶数について述べる。これから新聞をご覧になっている方は殺された人事故に遭った人の名前を記録を取っておくことをお勧めする。姓の二番目の数と名前の一番目の数を足した合計の数が4、12.14などの数であれば、名前にすでにその人の運命が隠れていると思う必要があります。

 
2021年03月02日 19:37

20210227土曜日

自身が某仏語圏大使館に勤務していた頃のエピソードを改めて今思い出した。あの当時は毎土日曜毎に大使館主催でレセプションがあった。当時十以上の国の駐日大使館があり、それらの館員などを含めるとレセプションはかなり規模が大きかった。当時は某有名ホテルなどで行われた。仏語圏ということで仏国や英国米国の大使ではなく、アフリカのアルジェリアなどの大使館は招待されていたかもしれない。自身は象牙海岸大使館の代理大使の秘書であったので、代理大使は当日の出席者の選定並びに出欠を気にして開かれる前から色々と苦労していた。そして代理大使は、秘書のわたしに向かって述べた。「当日は晴れ着を着てくれないか?」彼は他のレセプションでお振袖を着た女性を見ていたので、おそらくわたしがお振袖を着てくれるものと思っていたらしく直接「着物着るんだね?」と確認した。しかしわたしは自分で着付けできないので仕方なく述べた。「わたし自分で着付けできないんです」「それじゃ誰かに頼むのか?」「はい、お金かかります」「幾らだ?」「多分五千円ぐらい」「じゃ、わたしが払うから着て来なさい」「判りました」というわけで、お振袖は結婚式に着た一応豪華な着物で母が買ってくれたものだった。当日着付け代を払って会場に行くと、さすがに豪華さが際立っていたらしく代理大使は喜んでおられた。他の大使館の夫人もかなり豪華なドレスで、日本人の女性も着物がチラホラいた。自身が着物なのでレセプションの料理には手をつけなかった。かなり窮屈ではあったがにこやかに過ごした。そしてその日は終わった。その後レセプションの度に着たので、写真が残っている。あの当時わたしは自分の結婚式と同じに緊張していた。しかし大使夫人がそばによってきて、わたしに仏語で何か述べた。その内容は仏語をまだ深く習得していなかったため確かな内容を覚えていない。しかし若い時の不可解な場面は、ある意味懐かしい思い出になっている。
姓名判断
本日は姓名判断の吉数についてまた述べる。再度吉数の数字を書く。11、13、16、23、24、31、33、35など。この数字が名前の二番目、高杜一榮を例でいえば杜と一を足した数」、にこの吉数があれば最高。また姓の一番目と名前の最後、高杜一榮でいえば、高と榮を足した数に、上記数字があれば大吉運である。因みに結婚を決意する場合は、この吉数を念頭にして決断をすべきであると、思う。
 
2021年02月27日 10:36

20210223火曜日

 最近気付いたことがある。世の中はポイントとか〇〇が当たります、とほとんど無作為に人の心を翻弄するような類の「誘惑」が多い。例えば入会したら〇〇が無料とかなおかつ「あなたに大金が転がり込みます」などのほとんど誰でも心を動かされるような類の体裁なく無礼な「誘惑」があちらこちらにばら蒔かれている。文章全部読んでみると、暇人は必ず金銭欲があり、なおかつ常に得をしたいと願っていると判断しているらしい。それはすべての人が金が欲しい、得をしたいと思っていると勘違いしているらしい。確かに人間はすべて金が欲しい人が多い。ほとんどすべてかもしれないが、中には自身のように「その種の誘惑を見ると腹が立つ人」もいないことはない。しかし最近滅多やたらに無礼な誘惑を鼻先にぶらさげられると、非常に腹が立つ。もっと優雅に失礼のないように、さりげなく美しい誘惑で実行していただきたい、と思うとは思うがそういうやり方に加担していると思われて損だろう。もっとも手っ取り早く、騙したい場合は優雅にやっていられないのだろう。しかし金の魅力や誘惑は誰でも心が動くのかもしれない。詐欺や犯罪はそうした小さな誘惑から生まれているのだろう。しかしもっと喜劇的でなおかつ明るい出来事に繋がる「誘惑」があっても良いのではないか、と思える。ニンゲンは100歳程度で亡くなる、そんな短い時間に騙されることや裏切られることがあるとしたら、ニンゲンは憐れな生き物かもしれない。ともあれどんな軽犯罪も誰も損をせず、明るければ許される筈だと思えるけども、そうはいかないだろう。自身はこの年で騙されたりしたことが結構多く、過去を振り返ると、金銭的に結構無防備で、損をしたり、「あれは騙されたことだった」と後で判断したりしたことが多く、親が何故無防備で警戒心のない子供として育てたのか首を傾げている。そういえば母も騙されて金を失ったことがあったが、結局遺伝的なことだったのか、と今思う。
姓名判断
今回は16という数字について書く。前回も書いたが、16という数は運気の頂点といえる。例えばお笑いのグループで16画になる名前が多い。例えば「ミルクボーイ」「かまいたち」などが16画である。あと11画も素晴らしい。例えば「オードリー」が11画でダントツに人気が出た。店名を決めたり社名を決める時は11か16で決めることをお勧めする。間違っても12画か14画はお勧めしない。12画や14画は危険な数字で不幸に導くと覚えておいて欲しい。姓と名前の中心例えば高杜でいえば杜と名前の一榮の1を足すと8画になる。このように姓の二番目と名前の一番目を足して合計が11か16になる、と運気が強いと覚えておいてください。今度新聞で上記のように姓の二番目と名前の一番目を足して12か14になる人を見つけたらどのような災難に遭っているか確かめてください。吉数は以前載せたように11、13、16が最高運になります。人生、長く生きているうちには、必ずこの姓名の運気に気づくことがあります。毎日が勉強です。
 
2021年02月23日 16:48

20210222月曜日

そういえば十代の頃、俳句に凝って毎日創っていた。だが季語やその他のマナーを熟知していないせいか、長く続かず三日坊主で終わった。その当時母も俳句を作っていて、中村汀女先生という俳句の大御所の師匠に500名近い会員と共に俳句を捻っていた。当時母が造っていた俳句で汀女先生に褒められた句がいくつかあったが、脳裏に残っている俳句が一つある。「カナカナや、遊覧船も帰り来ぬ」彼女が創った俳句はまだわたしの部屋のどこかに残っている。あの当時彼女の深層を知らなかったが、彼女の年齢に近くなってくると、何故俳句を作るようになったのか、なんとなく理解できた。それは老化防止。それは的中かもしれない。彼女も年を取り脳の老化に苦労していたのかもしれない。その後茨城県の鹿島神宮の施設に入ったが、今でも思い出すのは母を訪ねて施設を訪問すると、母と過ごせる部屋を提供してくれて、夕食を食べたり、話したりして過ごすことができた。そういうひと時の後広島へ移住した。というのはわたしは某人物と結婚し、広島で暮らすことになったためだ。相手はわたしよりも年下であったが当時パソコンの導入を出来たある意味パソコンの世界のパイオニアであった。そんなわけで広島で暮らしたが、母を連れて結婚というのが叔母二人に当然受け入れがたかったらしく、かなり驚かれた。しかし母を連れてという条件が相手が受け入れてくれたために実現したので、当時十五も年上で母を連れて結婚できたのは、極めて稀有のことで、わたしも今更ながら大胆だった、と思う。しかし二年も経過せずに再婚相手に死なれ、その後一年後に母にも死なれて広島を離れた。四十代で思い切ったことをしたものだ、と思う。ある意味波乱の人生だったと思う。ある時知人に「波乱万丈の人生ですね」と言われたが、自身は全くそうは思わず「平坦で楽な道を歩んでいた」と思っていた。それだけ普通の感性と異なる人生だったのだろう。しかし小説のネタが沢山ある人生ともいえる。楽天ブックスに作品として出しているで、もしよければご覧ください。
 
姓名判断教室
本日は姓名判断を良く知っていただくために、何故わたしが姓名判断を広めたいか?の疑問をお知らせします。多くの人は持って生まれた名前で支えられ護られている。しかしその持って生まれた運は、その人物の生年月日で表現されていることになる。それ以上の運気を調べるには、持って生まれた運気を支えるのが姓名の力です。ところが生年月日の運気はそれほど力があるとはいえません。生年月日で支えきれない部分が姓名によって護られていることになる。もしご自分が「何も良いことなかった」「悪いことばかりだ」「自分に落ち度があるわけではないが、不運が続く」そう思えれば、即姓名を判断してください。自身の姓名が悪い数字ばかりであれば、一時的に改名し、運気を上げる機会を持つこととも出来ます。姓の二番目の字(三文字の場合は姓の最後の字と名前の一番最初の文字の数を足してください。それが4または14であれば要注意です。運気を上げるには11、13、16などの強い運気のある数字を使ってください。





 
2021年02月22日 13:46

20210220土曜日

アメリカで火星への旅行を可能にする火星探査機の実験が成功したというニュースがあった。どうやら地球人はそのうち火星に旅行にいかれるほどの進歩を遂げているらしい。しかし高齢者が火星旅行に行ける時代になるかどうか、は不明。そうなるまで何百年かかるのか、興味がある。今度の五輪問題で女性の地位が話題に上っているが、まだ女性は他国よりは地位が上がることはないのではないか、と推測する。なにしろ日本国開祖が女性であったことなど、皆その意味が深く理解されてはいない、と見受ける。性差の地位などを話題にしてもあまりインパクトないし、新鮮味がないが、日本国は依然と性差が昔と変わらない方が多くいて、その方が世の中平和に行くのではないか、という印象。はなから諦めているわけではないが、皆性差のことになると空気が一変するようなところがある。それは、他の国と比べて、「性差度」に知性や教養や発展性を感じられないことが原因。つまり日本人本来の性格は八方美人的で、要所要所に自然に他との調和、妥協を自然に受け入れる体質が育っているため、日本人の性差問題はまだ未熟の息を出ていない。女性が地位を得ると皆かなり神経を苛立たせるほど緊張感を抱くというマスコミ側の性質が特に気になる。
姓名判断教室
本日は姓名判断で極めて凶であるという数字について述べる。自身が持つ「姓名判断」の本はナツメ社(文屋圭雲著)の中に凶の文が書かれている。「衰退運」と言う凶のj数字で34が出てくる。「運勢が凶に入る」と「自分や身近な人が病気になったり、会社が倒産したり、と災難の続く暗示があり、特に中年以降、その傾向が強くなります」と書かれています。もし人生の途上でこのような眼に遭っている方は、一時的でも吉運の名前に変えてみるというのも一案である。運気が戻ってきた時は自然にそのままの名前で続行するということもできる筈。姓名判断を堅苦しく思わないで「人生上でのハンドルを切ってみるための一手である」と思い、改名も賢明であるかもしれない。
 
2021年02月20日 12:32

20210218木曜日

最近テレビで山羊を見た。福島には山羊だけの動物園があるらしい。山羊と言えば思い出す。わたしが七歳位の時に、家で山羊を飼っていた。当時ロシア人と日本人の混血児の金持ちの女性が我が家を訪問し、母に「奥さん、お宅はお子さんが四人もいて、子育てに大変そうね。どう山羊飼わない?」と白い山羊を連れてきて勧めた。「子供たちに大きく健康で育って欲しいなら山羊乳を飲ませるのよ、絶対良いわよ」と半ば強引に勧められた母は当時五千円(値段は記憶にないがこの程度だと推定する)ほどでメスの山羊を買った。五千円が相当高い値段だと知らなかった母は、それでも子供たちに栄養を、と考えて決断したらしい。山羊はたった一頭だったが、その女性が「オスを買わない?」とまた連れてきた。二頭になったので、兄たちは山羊に草を食べさせるためにあちらこちら連れて歩いた。お陰で一家は健康で風邪を引かないで暮らせたのだと思う。山羊乳がどういう味だったか忘れたが、当時六本木には草が生えているところが多かったので結構無理なく飼うことができたのだ。当時の写真があるが、今度写真を見つけてこの欄に載せたい。後に山羊が増えて全部で六頭になっていた。六本木で山羊を飼ったといえば、皆「ありえない」と思うかもしれないが、昭和22年頃は優雅な村という風だった。六本木で山羊を飼っていたのは、我が家だけらしく、十年前に六本木のテレビ朝日のそばを歩いていると、当時の知人に会った。「覚えてますよ。山羊を飼っていた家のひとでしょ?」と言われた。あの当時山羊を飼って暮らせることができたことは、精神的財産ともいえる。
2021年02月18日 14:27

20210217水曜日

コロナのせいで経済も国民の精神状態も安定できずにいる。しかし昔から災害や数々の戦などで国民に良い意味での惰性と耐久力ができているはず、そのため何があっても「そのうちなんとかなる」という不屈の精神が育まれていると思うし、思いたい。自身はコロナに罹って死ぬようなことになったとしたら、どう考えるか推測してみた。すると「かなり長生きしているのでもう死んでも良いかも」または「コロナってどうなってどう苦しむのか?経験として体験できれば良いかも」などと不埒で無知な馬鹿力を蓄えているらしいことが判り、自分としてもやはり変人の部類かも、と思っている。どうか皆さんは辛い眼に遭わないように精神力だけ持ち続けてください。

姓名判断教室
本日は芸能界の姓名判断を見ることにする。芸能界ほど名前の運気を気にする面では相当な知識をもっていると思われる人々が多いと想定されるのだが、運気がある人ほど結構その分野の力を信じていないこともある。そのため自身の名前が世間に広く知られるようになると、案外その姓名判断の底にあるパワーに気づかないと思われる。毎回書くが良い運気の画数は一、三、六、八、十一、二十一、二十三、二十四、二十九あとは三十以降の画数も同様の運気、つまり三十一、三十三と続く。そして凶数は二、九、十二、十四、十九など。例えば姓の二番目、姓が三文字の場合は姓の三番目の数字と名前の一番目の数字を足した数字が運の基本となる。全体運はすべての姓と名の画数を合計した数も上記の吉、と凶数と同じである。今回は芸能界ならびにその他の分野でも傑出して成功できる運気を持つ数は十六。十六はかなり強い運気があり、芸能界で活躍するグループ名には十六が多い。例えばクリームシチュー、ミルクボーイ、ハリセンボンなど、十六が強運を持つことを示している。店名、社名を考慮する場合は十六になるように工夫することで、運気は上がる。お子さんの名前を付ける場合も今からどのように出世するか不明でも、十六などの運気の強い数を念頭に置くべきである。例えば誘拐されて行方不明になる子の名前を調べると凶運の数が見つかる。姓名判断は人生の指針と思っていただきたい。
 
2021年02月18日 07:49

20210214日曜日

今日はバレンタインの日である。そういえばと若き日のバレンタインデーのことを思い出した。当時わたしは某学院の学生で、好きな人がいた。同じ学院の上級生であるが言葉を交わしたことはなかった。痩せてほっそりしていて、背もそれほど高くはなかった。顔はすんなりとした美形に近い。美男子というよりも、普通よりやや美形という風。誰に似ているのか何ともいえないが、初恋を意識していた。その人にバレンタインの日にチョコレートを渡したいと思い立ち、チョコを買って準備し、いざその人に渡す段になって、自分では直接渡せず、友人に頼むつもりでいたが、その友が「自分で渡せば良いじゃないの」と言いわたしの頼みを聞いてくれなかった。とにかく買ったチョコレートが無駄になるので、どうしたものかとウロウロしていたが、結局渡せずそのまま家に持ち帰った。なにしろ言葉を交わしたことのない男性だったので、全く打つ手がない。友人にも頼めず結局自宅に持ち帰って、仕方なく自分で食べた。いかなる味がしていたのか、全く忘れた。バレンタインにチョコレートを買って、相手に渡せずウロウロチョロチョロしたあげく、自分で食べた人はどの程度いるのか、今思えば言葉を交わしたことのない人にチョコを用意すべきではない、と思うがその時点であまり作戦を考えていなかった。その人が痩せていたのでチーズのギフトを用意して、また渡せず結局持ち帰ったこともある。当時その男性はある女性と付き合っていたことを後で知った。その後卒業して会うこともなかったが、あの当時無駄な努力をしていたものだ、と自分の粗忽と無謀な恋慕を今更だが「わたしってどうして計画性がなく、また戦略も考えなかったのか愚か」と思うばかり。あれから数十年経過した。だがわたしのそばでじっと私を見ていた母は「この子はわたしに似ていない」と笑っていたのではないのか、と思える。彼女はわたしの初恋の影の支援者でもあった。

姓名判断教室
何故自身が姓名判断を研究する気になったかといえば、母が姓名判断に凝り、その知識が豊富だったためもある。その後新聞を読んでいて、事件や事故の犠牲者の名前を見て「何故この人は事件に巻き込まれたのか?」「何故この人は犯罪に手を染めたのか?」などの疑問を抱き、その後姓名判断の本を読み次第に知識が豊富になり、問題を起こした人の名前を調べる癖がついた。すると名前の画数と事件が極めて密接しているのに気が付くようになっていた。名前は極めてその人の人生を表していると判ってきた。例えば高木一榮子自身の名前を姓名判断で計算すると全体は32画になる、高、木、一、榮、子すべての画数を足すと32.この数は大吉になる。名前の木、と一を足す5になる。5も中々吉の部類に入る画数。そして高と子を足すと13になる。この13も大吉。13の数は特に金運に恵まれるという数字と推定される。つまりわたしの名前は吉と大吉でどこにも悪い画数はない。例としてかの有名な歌手で飛行機事故で亡くなった坂本九氏の名前は、気の毒だが坂の7と九の2を足すと9で、全体は14になる。姓名判断では14は凶数になる。つまり坂本氏の名前は凶数だけで出来ていたことになる。これが姓名判断を早く気が付いていて改名していれば、もしかしたら長生きできたのではないか、と思う。坂本九があのように歌で有名になったのは、生年月日からもたらされた運気と判断される運であったと考えられる。最近の事件である少女が行方不明になっているという情報があり、すぐ姓名判断を見てみたが、やはりその事件を物語るほど、姓名は凶数ばかりであった。少女が出てくるまで仮の名前を準備しておけば、もしかしたら彼女が戻る運気になると思える。店名も社名も如実に姓名判断のルール通りに運がそれぞれ存在する。多くの人に姓名判断に興味を抱き、人生にハンドルを切って欲しいと願っている。

 
2021年02月14日 05:28

20210207日曜日

最近某政治家が女性差別的発言でやり玉にあがり、かなり批判をされている。まだ日本は昭和時代の女性差別の残滓が残っていて、すぐ解決する見込みはない。ハナから全く日本の政治家に希望を抱いていたわけではないので「どうせそんなことでしょうよ」と見ていたのでさほど非難する気はない。昭和生まれで男女差別の厳しい社会で就職し、さまざまな男女差別を経験していたので、この政治家の発言にはそれほど頭に来ていなかった。なので政治家の発言にやり玉が投げられ、滅多打ちされているのを見ると「そらご覧、案の定のこと」とほぼ想像通りだった。日本はまだ昭和初期や明治の頃の男女差別の骨組みを遺したまま時間が経過しただけで、日本が男女差別のない国家と思ったことはなかった。なにしろアジアでは日本だけが女性の宰相が出ていない。そのため、非難されている政治家がむしろ可哀想に思えた。まだ昭和の残滓の中で生きてきた気分で毎日を過ごしてきたので、世間の非難なおかつ世界的な注目を浴びて逆に背中にびっしょり汗をかいておられるのではないか、と同情する。日本は近代国家でも先進国的な素養に裏打ちされた超現代的な国家ではないことを、自覚しなければならないことになっていたのだ。ご本人は世界的に喧伝されたこの事件の影響を日々恐ろしく感じているのかもしれない。まずは立派に五輪を成功させることにご気分を切り替えて頑張ってくださいとしか、言いようがないといえる。誰が悪いのではなくマスコミの自動的な仕事の展開に原因ありそう。

姓名判断教室
まずはじめに
姓名判断のページを始めるにあたって、何故自身がこの姓名判断の講座を開く気になったのか?のその理由を解説します。姓名判断に興味を抱いたのは、ごく身近な例で自身の兄、三つ年上の兄が幼少期から青年期そして亡くなる五十歳までの人生に何故そうなるのか?何故彼はそういう人生になったのか、不思議に思っていたことがあり、行きついた先が姓名判断であったためです。彼の名はこの際差し障りがあるので、仮名で表すことにします。姓名判断では名前の二番目つまり自身の名前で表せば高木の木と名前の一榮子の一を足して、五になる。その五という数字が吉または凶のいずれかになります。姓名判断の足した数の吉凶は吉は、一、三、五、六、十一、十三、十五、十六、十八、二十一、十、三、二十四、三十一、三十三、三十五などです。そして凶は二十、二十二、二十五、三十四、などです。ある時新聞を読んでいると、姓の最後の漢字と、名前の最初の文字の総数が、ほとんど凶の人がいました。世界的に有名な「上を向いて歩こう」の坂本九(さかもとひさし)さんでした。彼は世界的に有名になる吉運と飛行機事故で亡くなるという両方の凶運を同時に持っていたことになります。坂本の本と九を足すと七になります。七の運気はそれほど卓越した吉数ではありませんでした。ところが坂の字の七と九の字を足すと十一になり、最高運です。しかし全体を足すと「7+5+2」で14になります。この14は姓名判断では大凶になるのです。あの世界的有名になった坂本九の姓名は大凶を孕んでいたということになります。彼がもし名前の中の凶に気づいて少しだけ緩和する操作をしていたとしたら、凶運は避けられた筈と思います。ここで上記の吉の運数と凶の運数をよく熟知することをお勧めします。何故なら姓名の中に密かに孕んでいる運気ほど如実に人生に現れてくるのは、確実なことです。名前を出しませんが、某所で行方不明になった女子も凶数をもっていました。その不運になる前に家族が名前の中の凶を知るべきでした。早急に名前の一部を変えておけば、運気の激変に耐えられたことでしょう。
 次回は姓名判断教室。芸能人のコンビ名についてをお届けします。この姓名判断教室は高杜一榮の世界のモノローグの中に常に掲載しますのでご承知ください。

 
2021年02月07日 09:34