高杜 一榮の世界

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024s

モノローグ

20200927日曜日

女優の竹内結子さんの急死を知った。あまり突然なのでまた自身の姓名判断の研究のためにも、ということでお名前を占ってみた。すると天格(姓の画数)人格(姓の二番目の画数と名前の一番目の画数を合計した画数)も地画(名前の画数)すべての画数を合計した総画が二十六。残念ながら、すべてに凶数がでていた。早く改名すべきだったかもしれない。しかしながら、急死といえば、坂本九氏の例もある。ご本人は運気があったが、自身の凶運の程度があまり気にならなかったのか、と推測される。だれしも坂本九氏が飛行機事故で亡くなるとは推測さえできなかっただろう。坂本氏の名前は天格が十二、人格が七、総格が十四、全体が合計で十四で最悪の凶数であった。竹内結子さんは自身のその運気の急落を感じなかったと推測できる。名前には本人が気が付かない運気が隠されていることを、ある程度知っておくべきだ、と思う。若くしてお子さんを残して亡くなられたという酷い結果になり、誰か救える立場の人がいなかったのか、知りたい。ともあれ姓名判断には人生の真実が現れているともいえる。竹内結子さんのご冥福をお祈りいたします。
 
2020年09月27日 11:58

20200926土曜日

某通販組織(Aで始めるところ)とトラブルになっている。二年前に水を注文したが、しばらくしてキャンセルし水も届いていない。それなのに未だに払えと言い、なおかつクレジットカードの番号を教えろと請求されている。こちらは水は届いていないので、払う必要なしと考え、それ以来断り続けている。だが何故か執拗。それも千円程度のことでしつこくされると今度は意地でも抵抗してやると決意し、その問題は続いている。それでインターネットでこういうトラブルを解決する業者がいるかと探したら、ありました。だがすかさず弁護士を紹介するから、と500円を請求された。まだ仕事が始まってもいないのに500円請求するというので驚いた。前払いであるのは良いが、あまりといえばあんまりな体制というか組織としては非常に荒っぽい。それでもうその金額で頼むことを辞めた。問題を長続きさせるのは企業側の落ち度が80%以上だと判断されるのでそれも放置することにした。世界は執拗で諦めない組織が勝つかもしれないが、あまり美的ではない。申し訳ないが、優雅に気持ちよく生きたいので、お断りいたします。
2020年09月26日 10:27

20200924 木曜日

毎週木曜日となるとTBSのプレバトを観る。俳句の師匠の厳しい採点にオロオロしたり、興奮したりする出演者を眺めているというかなり楽な地点にいる。しかし自身が俳句を捻ったのは十九歳頃で、俳句に夢中になり二日で100句作ってしまったことがある。その中でこれぞというのがないことはなかったが、ある意味駄作を作ってしまうという浮き目に遭い、何故か関心が遠くなった。だがテレビで皆が必死になって句を捻る様子を見るのは娯楽の一種になった。確かに一生懸命捻った句にあれこれ言われて、頭に来る梅沢氏の姿を見るのは面白いが、その分疑惑が起こる。あれは「ドラマ」なのではないか?しかしその複雑さを観たくてチャンネルに回しているのかもに知れない。テレビでみていると第三者には娯楽になるらしい。この番組を見ると興奮して騒ぐ梅澤氏の叫びだが、あれは完全に「やらせ」で、視聴者は彼の「ババア」とか「俺様は!」と叫ぶのもほとんど「やらせ」と思えてしまい、番組の本来俳句を「嗜む」という目的から外れて喜劇の一場面になっているようだ。つまりそれを「込み」で番組が成立しているのかも知れない。中々複雑で奥が深い(皮肉ではなく)番組ともいえる。しかし自身が俳句を作る気にはならないのは、どういうわけだろう。そういえば新聞の俳句欄を読み「この句好き」という句を切り抜いて保存する習慣をつけた。どこかに「この句大好き」と載せたいが著作権のなにかに触るような気がしてまだ出来ない。
2020年09月24日 12:12

20200923水曜日
 

最近インターネットに馴染めなくなってきた。何故ならどこにも大してアクセスしていないのに全く知らない企業から様々なメールが届くためだ。何故か莫大なメールが溜まっていてびっくりした。その数2000近い。すべてが広告で、一度どこかにアクセスするとヒルのようにくっついて離れない。逃れる方法はメールアドレスを放棄するしかない。それでメールアドレスを三つも持つ羽目になった。何故か次第にインターネットとその関連世界に疎外感を抱いている。もっと大らかに暮らせば良いが、大体人間関係を構築するのが苦手、結局広げた繋がりを無視するしかなくなってきた。もっと別な形で楽しく行きたいのだが、最近はパソコンよりも、テレビが一番「後腐れなくて非常に良い」。それで親しい仲間は長くつきあっていた昔の友達。さまざまな面でインターネット世界で成功している人はおそらく、それほど苦手ではなく何事も単純に受け入れられる性格の人かもしれない。成功する人とそうではない人は、多分楽天的でなおかつ明るい性格で悩みをもたない人かもしれない。これからはメールを削除する毎日になるのを苦にならずに暮らせるようになってくるかもしれない。何でも慣れないと駄目ということになる。
2020年09月23日 16:27

20200921月曜日

最近幼い頃のことを思い出しいろいろと出来事があった過去をたぐりよせている。わたしが小学生の頃、学校から帰ると家族の誰もいないという不安な日があった。それは一家揃ってパチンコにでかけていたためだった。夕方皆帰るとそれぞれ煙草のピースを胸に抱いていた。パチンコの景品だった。その頃は景品の種類が煙草のピースしかなかったのか、いつもピースを持っていた。兄たちも学校に通っている時期なのに父母がパチンコに連れ出していた。学校ではパチンコに行って遊んだという生徒が担任の教師に殴られていた。家族がパチンコに通うような家庭だったので、学校では父母がパチンコをやっているなど打ち明けなかった。しかしあの当時何故小学生が教師に殴られなければならなかったのか、不思議。学校では教師の力がかなり強かったと思える。一家揃ってパチンコに行っていたのを内緒にしていたので、学校では暴露すれすれな危険なゾーンにいたのかもしれない。父母が子供まで連れてパチンコに行っていたのは当時父が病身で仕事もなく家庭は貧乏だったためだ、といえる。わたしは学校から帰って雨戸が締め切って家に入れないまま縁側に腰かけ夕方まで皆数時間待っていたこともあった。しかし今では何故家族のわたしだけがパチンコの毒蛾にかからないで成人できたか、とても不思議だ。良く考えると判る。わたしは音には極端に敏感なところがあり、そのため轟音響くパチンコになじめなかったのだ。音楽も轟音響くものは受け付けない。そのためギャング映画など爆音響く作品は耐えられない。数十年前親しくなった先輩がパチプロになって本まで出したのには内心驚いていた。パチンコの音が嫌いなので馴染めないと打ち明けなかったのは今となっては良かったかもしれない。母がパチンコ屋を開いたこともあるので、パチンコには懐かしい思い出が詰まっている。母とパチンコ屋の物語を執筆中。
 
2020年09月21日 14:22

20200919土曜日

いつも毎土曜日になるとかならずペットボトル、ビン、缶の収集があるので、準備して六時になるときちんと捨てに行く。しかし不心得者とは言わないが、必ず自動販売機のそばに買って飲んだ後の空きペットボトルが山のように積まれる。それを毎土曜日丁寧に仕分けして処分することにしている。公共の場は誰でも責任ないと感じるのか、自宅では結構綺麗にしているが公共の場ではゴミの分別を丁寧に別けて処分する人は少ない。それで自動販売機のそばに住まいがあるので、無数のペットボトルを毎回処分する。ゴミも平気で放置するので、それも手まめに掃除することにしている。自身のすぐそばの公共のスペースがいつも汚れていると自身までゴミの家に思われてしまうかもしれない。その点注意して暮らしている。比較的日本人はその点では細やかに気を配る人が多いので安心するが、日本人ばかりではない人種の人々が最近多くなったので、それなりに困惑するできごとがあった。例えば留守しているとかならずとはいわないが、何かが無くなっていたり、妙なものが残されていたりする。次第に東京が住みにくくなってきているのを感じた。この前は金色の生地を大切にしていたが、それが使わないうちに無くなっていた。金色の生地は将来何かにするために仕舞っていたのだが忽然となくなっていたので非常に落胆した。あれだけは返して!と叫びたい。以前失って後で落胆するような貴重なものを持たないと決めていたが、今ではそういう気持をもっても、そうはいかない。しかしこれが自身の生きた子供だったりしたら、金色の生地どころの騒ぎではない。そう思うと無くなったものが生地で良かったと思うしかない。最近行方不明になっている女の子の報道があるがご家族は生きた心地ではない筈。早く行方不明の子が帰ってくるのを祈っています。
 
2020年09月19日 10:00

20200916水曜日

この前シャインマスカットや豚などが盗まれる事件があり、自身が真夜中にその泥棒を捕まえにボランティアで出て行こうかと思った位だったが、今朝のテレビで地元の人々が夜中の窃盗犯罪を阻止するべく見回りにでているというニュースを知って安堵している。誰かがやらなければ、そういう非常に不埒で中身の貧弱な犯罪が起こり、単純な泥棒が頻繁に出てくる。それは日本国と日本人の恥だと思う。しかし今思うが亡夫が生きていた頃「お前は畳の上で死ねない」と言われたことがあった。つまり血の気が多く、何か事件があったら、ぐいぐいと全面にしゃしゃりでて犯人に直接突っかかったりしかねない、というのである。畳の上で死ねないという意味はご存じかも知れないが、尋常な死に方にはならないだろう、ということだ。つまり普通の穏やかな死ではない、のだろう。その言葉に異論はなかった。確かに血の気が多く、何かあったら正義感を振りかざし、前面に出ていって闘いたがるという悪い癖がある。考えたら尋常ではない死に方は、つまり正義感が強いので、事件の一つや二つ起こってからあの世に旅立つってことかも。しかし泥棒を阻止したり、正義感を露わに行動したがるというのは根にもっているものが激情型だからかも。一体誰に似たのだろう?父も母もそれほどお節介な性格ではなく、世話焼きでもなかった。ともあれ、死ぬまで東奔西走しているのかもしれない。それにしてもそれほど出好きではなく、籠っているのが結構好きだ。もっと年を取ってから派手に走り回っても良いとは思う。動かねば学ぶことも少ないだろう。
2020年09月16日 17:52

20200914月曜日

わたしの猫はナツキという名だが、以前に書いたが懐くのが早かったからナツキにした。そのナツキが最近富に賢くなってきた。例えば「外出するのでお留守番だよ」というともう出かけるのを察知して、留守番と言って頼んでも無視して我先に外に出るてしまう。賢くないじゃないか、と言われそうだがそれでもわたしの言葉を理解してくれているのが判るので嬉しい。最近は、しみじみ「いつか永遠の別れがくるかもしれない」などと余計なことを考えてしまう。ともあれ配偶者同然のわたしのパートナーなので、いつも大切に思っている。それでPFを買うときもたまには贅沢なPFをといつもは買わないPFを買ってくる。そしてそれを開いて出してあげると、夢中になって食べて、すぐ皿が空になる。最近は驚くことに食べた後よほど美味しかったのか、そばに寄ってきて「おいしかったよ」という風にわたしの方に顔をちかづける。意味が判るので嬉しい。彼女とはもう十年一緒に暮らしているような気になっている。なるべく永遠の別離がすぐ来ないようにお祈りをしたい。しかし死なれたら相当な打撃だと思う。時々パソコンを叩いている傍にきてじっと座っている。その姿を見るとカワイイ、と思う。
2020年09月14日 16:25

20200912土曜日

豚が盗まれた、シャインマスカットが盗まれたなどのニュースが最近多い。それほど景気が悪いのか、良く分からない。私的なことだが、数ヵ月前自身が買っておいた金色の生地が忽然となくなっていた。その上昨年一月頃、100円で買った時計が無くなっていた。以前には起きなかった不思議なことが起こる。そして明らかに誰かが自室に入り時間を過ごしていたと思われる室内の「雰囲気」を感じた。かれこれ四十年以上大塚に住んでいるが、今まで起こらなかったことが起きている。この地域の住民で日本人ではない類の人種が多くなっているようだ。だが、豚やシャインマスカットの盗難よりは、遥かに規模が小さい。しかし一番不愉快なのは、金色の生地は将来何かに使うつもりで買っておいた大切な生地だったので、未だに悔しい気分が抜けない。そういえば物を盗まれて腹が立つことについては、以前決意したことがある。盗まれて腹が立ったり、尋常ではなく不愉快になるので、今後盗まれても腹が立つような類のものは一切買わないと決めていたのだが、何時の間にかその決意からほど遠い暮らしになっていたようだ。反省しなければならない。盗まれて腹の立つような貴重な物は一切買わないことにする。たった今決意した。
2020年09月12日 20:49

20200911金曜日PART2

今回本日二度目のエッセイになります。何故書くかと言えば古いノートを見ていたら面白いものを発見したためだ。単なる呟きに過ぎないし、エッセイとしてはまるで下着姿のようなものです。

大きな幸福は苦しい
小さな幸福は身に合えば嬉しい
どんな幸福もそれぞれ「癖」がある

以上だ。ただの呟きに過ぎないが、これを書いた時は何かあったから書いたのかもしれない。多分三十年以上前の文だと思う。
ところで随分昔のことだが、文学の世界に「文士劇」という催しがあり、有名作家や挿絵画家が皆素人の役者になって、演技をするという催事があった。昭和の頃のいわば作家の息抜きのために行われたのだろう。ふと令和の時代に文士劇をやってみるのも一案と考えた。どなたかこのイベントに加担したいと思われる方はお知らせください。わたしは裏の舞台で(できれば)働かせていただきます。

 
2020年09月11日 18:18