高杜 一榮の世界

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高杜 一榮の世界 ≫ 高杜一榮のモノローグ

モノローグ

20160827土曜日

高畑淳子さんの話題がテレビにでて延々と続いている。自身としては子を持たないので意見をいえる資格がないが、一つだけ言いたいことがある。離婚した母親は、常に異性がそばにいない場合はとかく視点が偏る。息子を持つ母親には常に男性側の視点を持つ異性をサポーターとして準備しておくことが必要ではないか。特に性教育にはなかなかバランスの取れた教育ができるはずだ。欲望を押さえきれない時、そのせいで勉強が手につかない、などの場合の対処法はおそらく的確な指導をできるはずだ。母親だけではなしえない分野に痒いところに手が届く性教育ができるはず。今回高畑淳子さんは一生懸命頑張って来られたが、その点だけが白紙状態だったかもしれない。しかしながら彼女の息子の場合覚醒剤関連の逮捕ではなかったので救いはある。


2016年08月27日 07:15 |コメント|

20160824水曜日

誠実、正直を美風とする美徳の日本。だがその誠実や美風が損なわれ次第に廃れつつあると言う。日本のどこかで、建物の違反や様々な分野における違反の隠蔽が行われている。その美徳を忘れた行いの中に原因があるはず。なるべく早く評価を受けたいと言う焦りや性急さに起因しているようだ。この美風の傾向を保ち続けなおかつより高度により優れたグレードの高い美徳に到達させたい。やはり新たな基準や新たな教育が築かれるように大衆から育てなければならないはずだ。この問題は大企業のトップたちがこぞって取り組まねばならないことであり、個別に数名で行っても意味がない。日本の美質を絶対損なわない気迫を抱いてゆくのを祈っている。
 
2016年08月24日 11:49 |コメント|

20160823火曜日

リオ五輪が閉幕というわけでこれからはテレビに五輪番組だらけということにならない。どこも五輪の番組だと、やや困る。何故なら常にスポーツの画像ばかりで、他の画像が出て来ないこと。スポーツ嫌いではないが、スポーツによっては、ルールがわからないことがあるので、観てすぐ理解できない。観てれば判るというのでは面白さが半減。というわけで競技のルール教室って言うのを番組中に入れるべき。それに先駆けてというわけか、テレビでニュースとして報道していたのが、スマホでスポーツ観戦だ。これで多角的にスポーツを観戦できるというスマートスタジアムと言うスタイル。より一層普及させようとしているらしいのだ。スマホを持ってスタジアムに行き、そのまま競技場にいながらで解説も判るという感じ。東京五輪にはスマホが活躍するということらしい。
2016年08月23日 13:18 |コメント|

20160821日曜日

ところで自身が離婚した時の逸話がある。協議離婚だったのだが、その二年後に元夫は死亡。わたしは彼の遺産の権利を失う。それは理解していたが彼の親類の方が「カズエコさん損をしましたね」と毎回電話する度に言われた。その際いつも無言であった。何故なら損をしたとも思っていなかったから。離婚の相談に母は「きちんと籍を抜いて、同居してわたしを世話をしてね」と。つまり母に言われて籍を抜いたのであって損を承知で離婚していたのだ。それを毎回喉の奥に言いそうになるのを我慢してきた。何故我慢したかといえば「損をしましたね」という先方に不快感を持たれたくなかった為だ。「あの離婚は母に依頼されてしたので、損も何もありませんから」といえば不愉快のはず。というわけで「損をしましたね。大変でしたでしょ?」と言われる度に言いたいことがあった。母は「だから言ったことではなかったでしょ?良い家柄の人と結婚しないと駄目だと」母は常に家柄の良し悪しを口に出す人だった。自分が母になったとして「家柄の良い人と」など言わないと思う。明治の母は大抵そういう基準で決める傾向にあった。元夫の親類に「家柄を云々する母の意見もあってきっぱり籍を抜きました」など到底言えない。しかし笑い話としていつか言う機会があれば言うつもり。何故なら慰謝料なしで離婚したわけではなく家を売った額の半分を貰って離婚していた。だから損とは言えない。もっとも厳密に計算すれば損といえる部分もあるかも知れない。しかし今思えば籍をそのままにしておき、別居にしておけば彼は早死にしなかった可能性がないことはない。だが離婚したために、母の介護を完璧に近いほどできたのでそれだけは悔いがない。今では元配偶者に感謝している。というのも母の介護のためにかなり助けられていた。レンタカーを借りて老健を茨城まで探しに行った思い出もある。やはり彼がいなければなしえなかった点も多い。お盆の季節の度に思い出す。

ところで最近嵌っているのは「サワコの朝」阿川佐和子氏の対談。対談相手の思い出の音楽を二曲流して、会話をもりあげるこの番組は長寿番組なりそうな気がする。もうすでにそうなっているのかも。
 
2016年08月21日 08:53 |コメント|

20160817水曜日

このところそうめんに凝っている。茗荷や大葉の微塵切りやそのほか意外な薬味を入れて、楽しむ。しかし以前から不思議に思っていたのだが、巷でたこ焼きやお好み焼きや、そのほか焼きそば、ラーメンなどありとあらゆる外食が楽しめる日本なのに、そうめんを出す店がないこと。これが七不思議の一つ。良く考えれば日本そばでも、のびたら美味しくないので、そうめんも同じに、秒単位で競うほど味が左右するのかもしれない。だから家庭で食べるしかなくなるのか。だがおそらくレストランによっては、最後の「しめ」に出しているところがあるのかもしれない。ところで、料理番組を見る度にメモを取っていたが、最近は止めた。理由は一度書いたメモを後で見たことがないこと。その度に頭の隅にメモをしている。以前の元配偶者は「これは美味しいからノートにレシピを残しなさい」と言われて書いていた時期があるが、三日坊主で書かなくなった。なにしろ毎回冷蔵庫の中を見て献立を作るので、いきあたりばったりのレシピ。つまり書くほどの立派なレシピと思っていないのがいけないらしい。すでに何千ものレシピが脳の隅に消えて行ったが、惜しくはない。その日美味しければそれでよいという風。しかし料理が好きなのは、おそらく野菜に対する愛が強いからかも知れない。特に牛蒡を調理しているときに幸せを感じる。理由は判らない。今日は面白いものを買った。サラダ用の牛蒡。農家では結構革命児がいるらしい。素晴らしいことだと思う。SMAPの解散について書いていたが、取り消しにした。理由は包丁も握ったことのない者が包丁を使って料理するのには、危険があるのと同じ。部外者は眺めるだけの方が良い。ともあれ皆が幸せになりますように。
2016年08月16日 02:35 |コメント|

20160815月曜日

 産経に石原慎太郎氏が北朝鮮の挑発的ミサイル発射について意見を述べられていた。「日本は独特の技術があり、世界でも真似をすることができないほど優秀な戦略ミサイルを製造できる能力があるにも関わらず、いまだに大きな動きをしない」確かにそうだが、北朝鮮を威嚇するためにミサイルを作っても無駄だと思える。童話の「北風と太陽」のように、相手に納得させる人間的かつ平和的戦略ではないと、結果は理想的にはいかない。今日に重要なのは未来に禍根を残さない、未来の子孫に負の遺産を遺さない努力しかない。そのためには小泉首相が北朝鮮を訪問したような正々堂々とした外交のみではないのか?誰がビョーキの虎を見舞うのか、それを決めるべき。
ところでやはり産経に曽野綾子氏が日本人の質が変ってきていると述べられている。世界的に日本人の誠実勤勉真摯な労働意識を高く評価されていたのに今、それがゆらめきはじめている事件が多発。建造物強度偽装、自動車燃費の虚偽、大会社の粉飾決算など多数のトラブルが起きている。過去の日本人の美徳は劣化したのか?今食い止めるべきではないのか?
 
話は変わるが、先日の報道で上野動物園の象(タイ生まれの)ウタイに赤ちゃんが産まれるとのビッグニュースがあった。明治以来の快挙になるらしい。五輪の金と同じぐらいの素晴らしい出来事。こういうスカッとする嬉しいニュースには、日本を正道に戻す原動力があるだろう。
欲しい。
2016年08月15日 08:49 |コメント|

20160813土曜日

先日8月11日尖閣諸島(沖縄市石垣市)の魚釣島の北西約67キロの地点でギリシャ船籍の貨物船(10万トン以上)と中国の漁船(05891)が衝突し、漁船はまもなく沈没したという。日本の海上保安庁の巡視船が中国漁船の乗組員を救助したという。中国の「公船」も同時刻に現場に遭遇していたのだが、公船からは何も反応なし。何のための公船であったのか、疑問が起きるというコメントが洩れてきた。その地点の海域の警備に当たっていただけであり、何か事故があっても関与せずという体勢のようだ。つまり中国船舶の海上における体勢自体が、国家的戦略的のみのものだったということになる。ともあれ6名救助については、日本に対する感謝の意を伝えたというので、納得はできる。これからは海上の安全と相互救助の常識的なルール造りを双方するべきではないのか?この地域の接続水域のデリケートな問題はこれからどうなってゆくのか。この尖閣周辺の領海外側の接続水域には8日には中国漁船200隻以上がこの接続水域で操業し、一部は領海にも侵入していたという。どういう意味か推測しているだけで良いのか? 
2016年08月13日 13:03 |コメント|

20160731日曜日

最近の産経新聞に中国の人々が北海道の数箇所で大規模開発を行い、そのため日本における中国の「植民地」ができあがりつつあり、すでに中国村ができているという。政府は何か規制をしているのだろうか、と気がかりになる。中国では国民が土地の権利を持つことを禁じている。そのため日本で土地を買い大規模開発を行っている。皆周囲は懸念しているようだ。日本が護っている様々な常識的行動(例えば空気を汚さない。他人の土地には勝手に家を建てない。自身で何かをする前に周囲に県や市に許可を求める。なおかつ事前に挨拶をするなど)をしてもらえるのかどうか不安になるはずだ。今のところまだ規制もないようだが、両国の首脳同士が話し合って決めるなどの舞台が在っても良いのではないのか?これからの不安材料になるはずだ。
 
昨日7月30日午後9時にNHKで「百合子さんの絵本ー陸軍武官小野夫婦の戦争」のドラマを観た。海外勤務の外交官夫妻の苦悩が描かれている。戦争にまつわる重要情報を日本に暗号電文で知らせても、それを握りつぶされていたと知る夫婦の実話を元に創られているらしい。実感としては日本人の気質は何時の時代も変わらず、日本独自の流儀で進行するらしいと窺えた。つまり将来同じ過ちを繰り返すのが日本流ということになる。庶民である自分たちはどうすれば良いか?疑問を抱いてもどうにもならない。個人が足搔いても国家の一員として従うよりないのか、それともその中で自身の考えに従い独自に行動するか、それは個人の自由にまかされている。苦悩は自由とセットになり、そこにもある。
2016年07月31日 05:26 |コメント|

20160727水曜日

先日起きた真夜中に近い時刻に起こった殺人事件でテレビも新聞も右往左往しているようだ。今日は自身はひとまずその壮烈なテーマを置いておいて、極く身近な話題、婦人の下着について書く。実は自分はブラつまりブラジャーを付けるのが嫌だった。その上それを買うのも嫌だった。理由はブラの買い方が下手だし、ある経験から次第に婦人の下着について胸に一物を抱くようになった。ブラの話だから当然「胸に一物」があって当然(?)だが、言っては悪いが、ブラの販売に関わる人に言いたいことがある。胸の大きな人にパットの入ったブラを売るというのは許せない。買った方が悪いとはいうが、販売員も商道徳というのがあるはずだ。自身は平均よりややバストが大きかった。当時(若い頃)Cの60であった。つまりアンダーバストが60でサイズはCだ。Aはいわゆる貧乳になるかもしれない。わたしはDの60だった時もある。つまりCの60よりも大きいと言うことになる。だがそういうわたしに販売員はパットのあるブラを押し売りした。大体ブラジャーにあまり知識のないわたしはパットがあることに文句も言わないで売りつけられてしまった。最近その残骸に近いものを発見した。ボリュームのあるパットを取り除いたので裏の部分が無様、つまりみっともないブラになっている。それを見るたびにまともに使えもしない高額のブラを押し付けられて頭に来た当時を思い出し、新たに怒りが湧いた。その時怒れば良いのに、今怒っている。今、あの販売員の言葉に押し切られた過去の自分に怒っているのだ。高い物を身につけるのを嫌うわたしに、胸がパットを必要としない客にパッドのあるブラを売りつけた凄腕の販売員を今でも思い出す。
2016年07月27日 18:04 |コメント|

20160726火曜日

最近思うことは、どうも世の中目立ちたい人が多過ぎるってこと。新聞テレビWEBどこでも目立ちたいと願っている。目立ちたいのは悪くはない。だが目立とうと単純に思えば、ろくでもないことになるはず。そうしたお手本のような事件が勃発した。今日7月25日目立ちたいと思った一人の男が起こした事件が今朝未明あった。相模原の某施設で数十名の被害者の出る殺人事件だ。障害者施設の介護員が起こした事件とか。こういう形で目立ってどうなるの?どういう気持ちで起こした事件か?と思ったら犯人は歴史に名を残したいとツイッターか何かで書いていたというからほとんど狂気の沙汰。こういう事件で名前を残してどうなるの?首を傾げたくなる。呆れて物が言えないのだが、人を多数殺して有名になっても、ばかばかしいだけ、と思えないのか?狂っているとしかいえない。やはりビョーキだ。社会はこうしたビョーキを治す何か対策を講じているのか?夏には想像外の殺人事件が起こる傾向にあるらしい。
 
このところ夏バテではなく、夏酔いの状態。つまり夏に疲れたわけではなく夏に惚れこんで酔っている状態。夏が大好きで、夏惚れ真っ盛り。わたしが夏を好きになったのは、「ひと夏」の昼だけ日本そばを食べ続けていた頃だ。数十年前のことだ。スイカが嫌いだったのに好きになって次第に夏が大好きになった。夏を愛する人はこころ強き人、と歌われるように、夏が大好きで、このまま夏を夏らしく生きて行きたい。このまま爽やかな夏で過ごせますように。もう殺人事件のない爽やかな夏をお願いいたします。
2016年07月26日 10:56 |コメント|