高杜 一榮の世界

WELCOME TO TAKAMORI COLLECTION

高杜 一榮の世界 ≫ 高杜一榮のモノローグ

モノローグ

20161015土曜日

今朝の産経に「ユネスコ記憶遺産」に隣国主体で日本に纏わる南京大虐殺ならびに慰安婦問題に関する記事があった。その申請に「待った」を日本政府がかけたというのだ。日本側はそれらの事象に根拠があるのか、を調査と審議を求め最終決定をして欲しいという姿勢のはず。とにかく政府がようやく動きだしたのか、と安堵した。政府は今までノーリアクションで全く無視を決め込んでいると思っていたが、カナダのどこかの州で日本人の子供が、「南京」と「慰安婦」などでイジメに遭っていると領事宛に手紙が届いたらしい。それがあったために、動き出したのだ。それらの事象を記憶遺産に正式に決定するのであれば、日本国に対する非礼に違いない。「ユネスコに納入するはずの分担金ならびに任意拠出金44億を納入するのを保留にしている」という。この機会に政府はユネスコに登録制度の改善を求めているという。当然の要求だ。伝聞では、南京大虐殺の登録では日中間の見解の相違があるにも関わらず綿密な調査もなく、関わったアメリカ系の人物は中国語も読まずに英語版だけを頼りに許可したという。詳しい調査、審査もなく決められ登録した背景がありその一方的な流儀に対抗して分担金の支払い保留を実行したという。やればできる筈と言いたい。ともあれ中国も韓国も隣国ながらほとんど国際的礼儀というものを考えたことがないのか?と言いたい。しかしながら日本が44億を保留にしたら、中国はそれ以上の額を出し、二つの案件の登録を強制する可能性もあるともいえる。しかし何故日本国を扱き下ろしたいのか不思議。それほど眼の上のタンコブ(eyesore)なのだろうか?こういうトラブルがあると過去に日中関係を再開させた田中角栄のような墨汁の太文字のような頼れる政治家の登場が必要となってくる。

2016年10月15日 10:44 |コメント|

20161012水曜日

ノーベル賞に沸いている日本。ところが先日の産経に面白い記事が出ていた。日本のノーベル賞受賞の情報が、中国に複雑かつ過激な感情をもたらせていたらしい。その証拠に中国の国家による新しい世界賞の創設だ。「世界文明賞」「未来科学大賞」「孔子平和賞」というのだそうだ。この記事は笑い飛ばすことができるかどうか不明。賞の内容とその査定の実体が判らないので、なんとも言えない。どうやら賞を出す選考過程が不明で、なおかつ民間の団体らしいが国家の関与が透けてみえるようだ。やはり中国は明らかに感情をむき出しにしたといえる。しかしこれは良いことかも知れない。何故なら競争相手が存在すればそれだけ優れた発明や発見が、世界にもたらされると思うから。だが日本から学者がリクルートされて情報や論文などが借用(盗用?)されてしまうなどの事件が起こらない、と否定できない。「孔子平和賞」は2010年に創設され、すでに今月中に受賞者が発表されるという。おそらく日本人には賞は回ってこない可能性があるかも知れない。この国家主体ではない民間の中国製の「賞創設事件」はこれからも注目される。中国はわかり易くてなかなか愛らしい国民性がある。正直とも言える。

2016年10月12日 07:26 |コメント|

20161011火曜日

「総領事なぜ子女を助けてくれないのですか?」(Will誌の高橋史郎氏のエッセイ)という従軍慰安婦の記事の内容に驚いた。それは海外に暮らす日本女性たちが従軍慰安婦問題で皆にイジメに遭っているというのだ。それでこの件について言いたいことを書いてみる。「アメリカにおける慰安婦問題のイジメにどう対処してよいか」自身も名案が思いつかない。だが過去の、それも何十年も経過して詳しいことを知る人の少ないこの立証もできない問題で騒ぎ続けていること自体理解できない。ただた一部の人々を窮地に追い込むだけにみえるこのような馬鹿騒ぎに驚く。教養ある知性も備えた人たちが一緒になってイジメを展開し追い込むのは異常過ぎる。それはまるで何かに似ている。戦争前の真珠湾攻撃の頃の状況に酷似しているといえる。何を根拠に過去のゴミ箱を漁って慰安婦問題をさも敵の弱点を見付けたと言わんばかりに声高に国際的に騒動を起こしているのだろう?冷静になり、相手をお互い尊重しあうことはできないのか?それほど日本が憎いのか?それほど日本が妬ましいのか?もう騒動は終わりにしなければ、お互いの子孫に負の遺産を遺すことになると思えないのか?何しろ現在生きて息をしている人が知らなかったその歴史をまるで一年前に起こった出来事のように取り上げ、日本の首相に謝罪させろ、とまで騒ぎたてる、その根拠は何なのか?韓国では日本領事館の眼の前に慰安婦像が建立されたと聞くが一体目的は何なのか?やり方がある意味暴力団的でほとんど威嚇だけの無意味な行為ではないのか?もしかしたら国民性の違いなのか?日本人は原爆を落とされても、恨みを抱かずアメリカ人には敵愾心も抱かなかった。過去のトラブルは「水に流す」という国民性がある日本人には慰安婦像建立は、まるで意味不明に思える。両極端の意識の相違を感じる。わたしたち日本人は慰安婦像を撤去せよとはいうが、恨みを持たないだろう。恨みを持たない我々の資質をもっと理解し評価して欲しい。二百年先まで叫び続けるつもりであれば、その国に足を踏み入れ観光することもいやになるはずだ。未来をお互い爽やかに創りあげるには銅像はいらない。笑顔だけが必要ではないのか?最後に締めくくりに言いたいことがある。イジメを受けたら反撃してこう叫びなさい。「わたしたちは慰安婦の末裔でもなければ、慰安婦でもありません。なぜ自分たちが、生まれていない時代のことで日本人のわたしたちをいじめるのですか?」もしくは「あなた方は慰安婦たちの苦痛を判らないのですか?そういう被害者を作ることこそおかしいのではないですか?もっと近代的で世の中のためになる知的な論争をしてくださるようにお願いいたします」


 
 
2016年10月11日 12:05 |コメント|

20161009日曜日

ところで最近女性の蒸発もあり、殺人事件の被害者になる女性の事件も多発している。正直いえば、何故彼女たちに直感、予感がなかったのか、と不思議に思う。自身は何か新しいことをする度に「今回のことどうだろう?大丈夫だろうか」「あの人は信用出来る人なのか?」などと自問する。その際直感で「何かヤバそう」とか、「何かどうも気になる」と感じる時、占い本を頼りに自分の運勢を調べてみる。すると大体において「あなたは、今月はすべてが順調に行きます」または「新しいことはしばし待つべき、時機は必ずやってくる」など様々な卦がでてくる。ある時、気になったので「あの人大丈夫だろうか?」と思った途端「あの人意地悪だよ」と御託宣があった。するとやはりその人が直接配偶者にあることないことしゃべくった。配偶者は、その男に電話で「人の女房がなにしようと勝手だろう?それとも亭主面したいのか?」と言ってくれた。相手は驚いて余計なお節介の電話をしてこなくなった。そういう頼れる配偶者であったために、安泰であった。自身の独断であるが、トラブルに巻き込まれる女性はやはりそれなりに予知能力を育ててないと思える。殺人事件に巻き込まれる女性たちは予感や危機感などを感じる能力を育てていないのではないか。もし母親であれば、娘の未来に降りかかる災難を事前に感じて手を打つこともできるはず。娘にお振袖を新調する前にやるべきことは直感教育だ。男性が近づいてきた時のための直感教育と人を見る洞察力は充分教育すべきだ。できれば護身術も是非身に付けさせるべきだ。娘を失いたくないければ「直感教育と護身術」をお勧めする。
2016年10月09日 09:05 |コメント|

20161007金曜日

産経に中国系の人々による北海道の土地買占め問題が出ていた。ようやく政府が取り掛かるらしいが、反応がノロイ。役所関係はリアクションがのろく、じれったい。だから日本政府は危機感がゼロといわれるのだ。しかし中国の人々が臍を噛むかも知れない時代がやってくることをほんの少しだけ期待している。なおかつ北海道の開発がそううまく行かず転売の末、損をして撤退する可能性もあるかも知れない。だが地球をそう翻弄すべきものではない。北海道だ、土地だ、開発だなどと目論んでも日本はそう単純にはいかない。日本の土地は全うな精神で、拝金主義ではなく誠意溢れる純粋な人々のための土地だ。おそらく土地の神様は立ち上がり、場所によっては心を汚す人々に罰をお与えになる筈だ。しかしながら日本も中国のように土地の所有権を与えない法律を発布して自衛をすべきといえる。逆に中国の砂漠近くに行って土地を買占め日本人がコロニーを創ったらどう反応するだろう。軍隊で取り囲んでしまうはず。日本ほどトロクはないと思うが、革命的変化をどこの国民も望んでいる可能性もある。
2016年10月07日 11:12 |コメント|

20161002日曜日

従軍慰安婦問題のことだが、十月一日付けで産経新聞に韓国で元慰安婦支援財団が安倍晋三首相の謝罪の手紙を追加要求している、という記事が出ていた。追加要求があるとは約束はしていないはずだが、かなり執拗に要求しているというので、呆れた。どういうわけか韓国の国民性なのか、一度要求が通れば、それが継続して受け入れられると勝手に思い込むという体質らしい。一面これはまだ絞れると足元を見られたのかも知れないが、相手が支援団体とはいえ、後ろに色の異なる組織が支援しているのかも知れない。正直いえばそれってある意味あまり尊敬できない組織の団体が常に取る手段に良く酷似している。ほとんど職業的に恐喝の類を生業をにしているかのようだ。正直いえば一度決めて二度目はないと約束してある筈のもので、日本政府も対応に困惑しているらしい。一番すべきなのはそれはblackmail(タカリ)の体質を日本で矯正すべく日本政府が招いて皆を歓待してみたら良いのではないか?日本の美意識、日本の品性、日本の対応の誠実さなどを真正面から解説し、執拗に念入りにレクチャーすべきではないか。何故数十年前の過去のこと、それも実際に証拠も出せないような類のことを謝罪し続けなければならないのか?水に流せないものは、忘れるという美意識を持つことをお勧めしたい。恥の上に恥を上乗せする気があること自体、特殊な体質としか言いようがない。とはいえ当事者ではないので、偉そうなことは言えない。
2016年10月02日 13:15 |コメント|

20160929木曜日

どういうわけか最近料理に嵌っている。そういえば料理を造るのは脳への影響大だとどこかの雑誌に出ていた。料理は頭を使う。それで脳をいつも使う料理を考えることにしている。ところが男性はどうやらそういう通説があっても料理を造ることに手を出さない傾向にあるらしい。男性が女性よりも早死になのはもしかしたら、そこにあるのではないのか?これは是非研究のテーマになりそう。真面目にこの寿命と料理の関係を究明して欲しい。日々鍛えられない脳は衰えるのは当たり前ということになるわけだ。脳の衰えと寿命は正比例する可能性大。男性も女性並以上の寿命を持つべく努力することを期待する。
 
北朝鮮の核開発への対策ことだが、太陽と風の童話でいえば、風の方にあたる対策、つまり経済封鎖について一言。これは核開発を中止させるには最適に思われているが、逆効果になるはず。経済封鎖になれば手も足も出せないが、先方に逆上させずに物事を好転させるにはやはり誰かが行って説得するしかない。説得が成功しない限り北の核問題は当面無理ではないのか。もう少し妙案を探さないと進展はしない。もしかしたらアントニオ猪木氏が適任かも知れない。かつての小泉元首相はやはり良い仕事をしていたというべきだ。
2016年09月29日 11:41 |コメント|

20160928水曜日

中国の万里の長城の最近情報では、長城の石が勝手に持ち去られて世界遺産が泣いているという。そういえば日本と較べて世界遺産の価値をあまり理解していないような印象がある。世界遺産の名誉を賜ったことが、国民全員に浸透していると思っていたらそうではなく、勝手に万里の長城の石を持ち帰り、自宅の庭に並べていたり、または売り飛ばしたりなど、恐ろしく民度を疑いたくなるような事件があるようだ。それほど低い感覚が広がっているのを知ると空恐ろしくなる。これが日本なら石を持ち帰った人に石を投げるぐらいの国民がいるはず。だが現在の日本人の民度をこのまま維持できるかと問えば誰も即答できかねる。次世代のことは全く不明である。できるならば持ち去られた石たちが「前のところに戻りたい!」「万里の頂上の石の一つだった昔に戻りたい!」と叫んで欲しい。石たちは、「石としての意志」を持ち、持ち場に帰って欲しい。そういう石であって欲しい。ともあれ持ち帰った方は元に戻してください。世界中の人々の願いです。世界遺産の万里の長城が泣いている。
2016年09月28日 11:01 |コメント|

20160927火曜日

今日朝の散歩に出かけたら、ある男が背広を着て出社するらしく前を歩いていた。それもゴミの袋を持ってゴミ集積場に向かっていた。見るとゴミの袋の中に燃えるゴミ・瓶・ペットボトル・缶などが混じっていて、分別などはされていない。ルール違反じゃないか。腹が立ったので「ちょっと待ってください」と呼び止めて注意したかったが、ぐっと堪えた。こういう時に余計な一言を言ったためにトラブルになり、刺されることもある。我慢をしたが、もっと気になることがあった。その男スタスタと悠然と歩いているが、煙草を吸いながら歩いている。「歩き煙草は駄目ですよ」とまた注意したかったが、ぐっと堪えた。帰りながらこういう風に周囲のルール違反が気になるのはもう時代についていけないということかも、と思いながら何故か切ない。最近どうも世の中が次第に自分のサイズに合わなくなった。
 
話は別だがトランプ氏とクリントン氏の大統領対決、どちらが大統領就任となるか、興味がある。テレビでは北朝鮮問題はトランプ氏がクリントン氏よりも解決する力あり、と見ているようだ。だが童話の「風と太陽」のように風が良いかと太陽が良いかは、誰も決められない。それに日米安保の問題もどちらがどう判断するか、それも日本にとって良いかどうかなど考えても無駄。なにごともなるようにしかならない。どちらに期待しても無駄。日本は他力本願から抜け出て行っても良い体力を持っていると自覚すべき。

2016年09月27日 13:13 |コメント|

20160926月曜日

テレビを観ていたら、ある人が母親が牛丼をうしどんと発音したために、恥をかいた。それで勉強をしないと恥をかくと思い、発奮しガリベンをして、東大に受かったというのだが母親が無知であったら、子供が発奮して勉強するかといえば、そうはいかないだろう。世の中いろいろあって面白い。しかしこのエピソードは恥をかくことを極端に恐れる人々にはかなり面白くてためになる情報だ。何が原因で良いことに転ずるか判りはしない。恥もかいてみると人生が変わる?そうかも。

ところで最近どこを見ても、誤字が多い。最近見たのは廃墟と書くところ廃虚と書かれていた。そしてかなりの体制(大手の出版社やテレビ局)でも誤字を放置したままにしている。シビアに毎回訂正しないのはおかしい。やはり大手であっても間違いは毎回訂正するか、もしくは訂正文を出すべきではないかと思う。大手が毎回訂正をしていれば、皆右へ倣いとなり、おそらく正式な漢字や文法を書き続ける誠意ある姿勢になるはず。ここは大手のスタンスの修正しかない。そういえば大手ほど謝罪したり、創業時代のスタンスを忘れて安楽椅子に座り続けたがるのかもしれない。大企業は国民の見本となる正統派という立場を忘れないことが望ましい。
 
2016年09月26日 12:34 |コメント|