高杜 一榮の世界

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高杜 一榮の世界 ≫ 高杜一榮のモノローグ

モノローグ

20170321火曜日

最近では慣れてしまったけど、よくTシャツの前面や背中に英語で文字のついているのを着ている人を見かける。英語の文面を読むと、中には酷い文もある。ある時若い青年の背中に英語で「お前の周囲のすべての女をやれ!」というのがあった。あれは英語を良く学んでいるならすぐ解かる内容だが、おそらく着ている本人はどういう文か知らないで着ているのだ、とうかがえた。皆英語の書かれたシャツをカッコ良いと思っているが、意味が解かるとなおさらカッコ良いのに、と思える。外国では漢字の文をそのままプリントしているTシャツを着ている。結局文などは判ろうが判らなくても大して重要ではないらしい。その意味があるようで意味のない文字の列がナウイことになるらしい。不思議な雰囲気を漂わすそれがモードなのだろう。雰囲気は金で買えることになる。雰囲気という漠然とした「領域」を学問化するのも、一案。人間にはさまざまな面があるから楽しい。

ところで、最近携帯でクラシルというサイトがあり、こと細かく料理のレシピ情報を発信している。なかなか面白いのでアクセスしていたら急にインターネットにつなげられなくなった。それでドコモに行って尋ねてみたら、サイトにアクセスが多くなり、それが超過して限度を越えてしまったというのだ。そのまま続けていたら月千円アップだとか。それは困るので何か知りたい時は従来通りパソコンで見ることにした。この前はタブレットを無料で貰った。しかし次第に機械に拘束されてゆくのを感じる。何事も適当な量の好奇心が良いかもしれない。のめりこまないためには、無関心でいることが良いのだろう。
2017年03月21日 16:32 |コメント|

20170318土曜日

今日は三連休というわけでいつも行くセイユーへ行った。するといつにないほど混んでいた。連休のせいだろう。最近どういうわけか、日本人ではないらしいアジア人を見かける。本当に日本にやってくる外国人が増加しているらしい。だが皆公衆道徳を護る日本人の姿を見てどう思っているのか気になる。携帯のニュースを見ていると、日本人の特質を褒める記事が多く見られる。だがどういうわけか、手放しで喜べない。後数年もすれば、その特質は外来から入ってくる諸々の刺激で、次第に摩滅し、日本の美質が欠けてゆくのではないか、と不安がある。どうか良き美質を末永く保持し、千年も万年も生き続けて欲しい。それにはどうすればよいのか、形のない美風や礼儀などは、冷蔵庫や真空の保存室などでは保存できないし、生かしておくのは難しい。だが諦めたくはない。さりげない親切や心遣いなどは、儚い泡のようなものだから消えてしまうかもしれない。しかし、とりあえず自分の周辺からその精神を失わない努力を広げて行くしかないのかも。
2017年03月18日 19:36 |コメント|

20170317金曜日

一昨日のことだが、エピソードとしては漫画的であまり書いて広めたくはないが滅多にないことだったので、打ち明けることにする。銭湯に行ったのだが女湯の入り口に入ろうとした時突然声を掛けてくる女性がいた。それも仰天するようなことを言った。「あなた男でしょ!女湯はあっちよ」えっと振り向いてわたしは言った。「わたしは女ですけど」よく考えると男っぽくみえる野球帽のキャップとズボンのせいだった。キャップを脱いだ。すると相手は納得して「ごめんなさい」と言ったので許してあげた。だがその後中に入って男に間違えられた話をしたら「なんだったら、おっぱいも見せましょうか?と言えばよかったのに」と言われた。しかしこういうことは初めてではない。これで二度目だ。その際にはすぐ気が付いたが、どういうわけか番台に座っていた男性が黙ってみていた。後で判ったが、驚いて黙っていたのか、それともその先の「景色」を眺めたかったのかという疑問がある。どうやら「驚いた」よりもむしろあまり見られないその「景色」を見たかったのだ、と思える。なぜなら番台から男湯女湯の脱衣場を眺められるから。しかしこういう話はもう昭和の話で昔噺の範疇に入りそう。
 
ところで最近携帯でたまたま料理のサイトを探していたら、クラシルというサイトをみつけた。そこでは初心者でもべテランでも、どんな料理も一発で学べるという便利なところで、微塵切りから、短冊切りなど、料理の基本から面倒な細かい味付けまで微に入り細に入り映像でみせてくれるので助かる。一度映像通りに作ってみたいと思わせる。中々親切で細やかなサイトだ。料理を好きな人は是非毎日利用してみると良いかも知れない。しかし映像通りに作っても絶対失敗しないとはいえない。何故ならクラシルは正確な分量は書いてあっても、個人差があるから味にばらつきがあるはず。料理はつまり感性の作業だ。勘が良い人ほど料理は旨いはず。わたしは料理好きだが、未だに「免許皆伝」に達していない。好きなだけで上達しない。理由は判っている。わたしはきっちり正確な分量を守ることを嫌うから。
 
 
 
2017年03月17日 15:37 |コメント|

20170310金曜日

最近思うことは日本人の評判が極めて良い話が多いこと。震災での日本人の真面目な姿勢が世界では驚異的に感動されており、日本を誇りに思う。震災後の水の供給に先を争うこともなくきちんと列を作る人々の姿が驚嘆された。それが何か気恥ずかしくもあり、また世界には秩序と無縁の民族が大半なのか?と驚く。真摯な秩序が徹底している日本がそれほど注目されるのか?と不思議だ。何故なら争って奪い合うほど時間と金のロスで能率が悪い筈。それほど世界の中には文明が進んでいない国々が多いのか?文明の遅れた国として後から国際社会への参加を経験した日本が味わう戸惑いもある。しかし日本人が褒められ、その精神を受け継ぐまたは追随する国が出てくれることは世界にとっては大いなる発展となる筈ではないのか。現代に燻っている国際社会の諸問題解決を四苦八苦して解決するためには、広範囲の純粋なる誠意と情熱と勇気が必要かもしれない。ところで今一番注目を浴びているあの独裁国家に拉致されて帰れない人々を思うと、一刻も早く迎えに行きたい気が起きる。我ら日本にはまだ文明の遅れた国との関係を解決しなければならない義務があり、それが宿命かもしれない。この気の小さいわたしが拉致された方々をお迎えに行きたいという奇妙な義侠心が芽生えている。病気ともいえる。
2017年03月10日 11:12 |コメント|

20170308水曜日

先日某テレビ番組でフィリピンから帰還した小野田寛郎氏の日本に帰還するまでの経緯をドキュメンタリーならびに再現ドラマ風に放映していた。驚いたのはすでに日本は敗戦となり、戦争が完璧に終わっていることを小野田氏に理解させるまで二年ほどかかったこと。なおかつ彼が戦争を終わっていることを知らされてもまだフィリピンのルパング島の奥地から離れようとしなかったこと。理由は理解できるようで理解できない部分もある。少尉としての責任と自己の信念に忠実であったことがその原因だった。つまりもし現代人が「戦争終わったよ。日本に帰ろう」と勧められたとすれば「ああ、そう、じゃ日本に帰ろう」と簡単にたち上がるはずだ。ところが帰国を勧めても、彼がびくともしなかった理由は「上官が許可しなければ帰国の決意はできない」という中野学校の教えにあったため。この日本軍人の魂が現代の若者の奥底に秘められることはありえないのか、気になる。フィリピンのマルコス大統領は素晴らしい軍人精神と讃えたという。これから戦争は起こらないで欲しいが、だからとはいえ、それらの日本軍人の魂が廃れることは望ましくない。その不文律の魂の引継ぎや継続が望ましく思われる。これに反意を抱く人もいるだろう。
2017年03月08日 20:41 |コメント|

20170306月曜日

このところ多忙でなおかつハプニングが起きて携帯のメール機能が宙に飛んでしまった。慌てて復旧作業をしたが、かなり疲れた。シンドイ。だが携帯やパソコンなどの文明の利器を使うと疲れるに決まっているがこれが一度関係ができるとまるで百年も一緒にいなければならないという運命のような恐ろしいことになる。つまり便利なものほど不便というわけ。ところで今朝産経新聞を読むと櫻井よしこ氏の随筆が一面に載っていた。それによると恐ろしいことが密かに進行しているらしい。韓国では、日本叩きの病が相当酷いらしく、捏造オンパレードらしい。それも明らかに間違っていると想定される形での報道が行われている。例えばあの軍艦島は「韓国人の強制労働の地獄島だった」と書いて適当なそれらしい写真を載せているという。それが本当なら、韓国民はビョーキとしか言いようもない。何故それほど日本を眼の敵にするのか?それが孫子の代まで続いたら、良い作用をするとは思えない。その報道が負の遺産として受け止められたらどうするのだ?我々は本当ではないと証明する証拠を提出できるが、彼らがでっち上げているなら、証拠は出せない筈だ。しかし韓国のそのビョーキはおそらく国民性の問題でもあるだろう。聞いた話では大昔に日本が井戸の掘り方を指導して数百年後も経過した頃、韓国から人がまたやってきて平然と「あの井戸の掘り方もう一度教えてください」と述べ、日本人は非常に驚いたという。それほど進歩がのろすぎる。つまり匙を投げざるを得ないという。アメリカ人はある時点で匙を投げ日本に押し付けた。今後匙を投げる国があるとすれば、どこの国だろう?匙を投げられて未来に国家の姿が見えてこなければ、それは自分たちの国民性が原因だと思うしかない。櫻井氏は良く書いてくださっている。だがバッシングは過去に日本も受けたが、韓国へのバッシングは「しっかりせよと抱き起こし」の意味だと受けとめて欲しい。
2017年03月06日 20:29 |コメント|

20170302木曜日

待機児童問題で巷では大変な騒動になっているらしい。だが何故保育園に入れないと落ち零れとか社会からはみ出た風の印象を抱くのか?不思議。何故もっと大らかに自身の独自の子育てを考え、勇気を持って先進的な教育を自ら開拓しないのか?日本人は皆同じで誰か強力な旗振りがいればそちらに全部向いてしまい、無意識に追従する癖がついてしまうらしい。自身は子がないからこういうことを平気で書くと言われそうだが、これも育った環境に影響もある。父母は子を育てることには極めて斬新な考えを抱いていたようだ。何しろ成績が悪くても勉強しろとは言わず、兄三人とも自由に育った。わたしも勉強したい時はしたけれど、成績のこともそれほど気にしなかった。成績が良ければ良いという考えを持たず父母は「何でも学校卒業してからが勝負、だから自身が考えた通りに進め」と教えてくれていたようだ。そのため独特な方針、先生から成績が悪いから卒業できないぞ、と言われても平然としていた。「誰にも文句は言わせない。我が家は我が家」と割り切っていた。おそらく今話題になっている保育園に入れない、などの不安も抱かず騒がなかった筈。昭和も終わり平成になっているのに、不思議と保守的な考えになってしまうのはどういうわけか?皆もっと自由で独特な教育方針をその家その家で創るという考えはないのか?どこかの不思議な「あなたのお子さんを世界の有名校に入学させます」などの在り得ない学校の宣伝にまんまとのってしまう。詐欺と見抜けず、落とし穴にはまってしまうのだろう。今後は欲望や野望などが入り込んだ教育方針を持たないように自戒の精神をもつて人生を歩んで欲しい。子供は親のその考えを理解し尊敬する筈だ。しかしながら我が家が芸術家一家であり、その方針は職業から来ていた筈。サラリーマンや高級官僚を目指すのであればまた道は違うのだろう。理解はできるが、そのような世界に一石を投じる考えも必要ではないのか?
 
2017年03月02日 08:56 |コメント|

20170226日曜日

最近ある女性被害者の裁判での出来事に驚いた。歌手志望のある女性が顔や身体を刺されて生きているのが不思議という状態であったが、長い間リハビリを続け、今回ようやく裁判に出て来たのだが内容が筆舌に尽くしがたい。普通なら出席できないほど衝撃を受けているが、覆いで隠された場所を用意され、そこで彼女が勇気を持って証言した。被告に対しての言葉が素晴らしい。「絶対この人は、殺す」だった。自分を殺しに来ると推測しているようだ。その言葉に対して被告は「殺さない」「殺すわけがない」と叫んだという。しかし犯人が法廷の場でいくら叫んでも、それを信じられるわけはない。ここで彼女に助言をしたい。傷が完璧に治ったら、そして精神的に万全に立ち直ったら、刑期を終えて出てくる男に対して、日本で怯え続けるのではなく、海外に出ることをお勧めする。犯罪を犯した者には、刑期後でも海外脱出は認められていないからだ。是非彼女に華麗に愉しく明るく生きて欲しいと願っている。
2017年02月26日 12:12 |コメント|

20170223木曜日

酒飲み運転の事故が増え続けているという。しかしその事故を劇的に減らす方法がある。一番良いのは酒の臭気を嗅ぎ分ける車を作ること。これは難しいことではない。酒を飲んだ男が車に乗る。その酒の臭気を車が吸い取り、エンジンがフリーズする。自動車会社の工場で、車が酒の気を嗅ぎ分ける優秀な車の製造を真摯に取り組めば絶対に出来る。車のキーを挿すと車は嗅覚装置を主導させ、運転手の酒の気を判断し、それ以上車を動かすか停止させるかどちらかを選択する。そういう機械を作ってください。運転手の酒の気を気付かない車は市場に回らないという社会にするとよい。是非お願いいたします。運転手が自主的に酒を飲まないように出来ない社会なら車が時代を変えるように変えねばならない。
2017年02月23日 15:57 |コメント|

20170217金曜日

姓名判断教室
姓名判断が大切なわけがある。前にも書いたが不幸な事件に出遭っている人の多くが悪い名前の画数をもっているのが解かっているためご注意いただきたい。例えば最近の例でいえば北朝鮮の暗殺された金正男氏の名前。中心運が「正」と姓の「金」で13でこれは悪くはない。また「金」と「男」で15これも悪くはない。だがすべて足すと20になる。これが全体の運を表わすが、この20は名前の画数では極めつけの大凶になっている。コメントしづらいが、この20がすべてを表わしていたといえる。13という数字は金運は大であり、金には恵まれていたといえる。金正恩氏は訃報を聞いて、暗い悲痛な表情であったと新聞にはかかれている。彼は死なれてようやく兄の存在価値を知ったのかもしれない。その思いは死なれてしか、解かりえない深い思いだ。兄弟というのは時には他人よりも強烈な愛と憎しみの二つの感情で揺れ動く時も在る。彼の胸中はおそらく生きて欲しかったという思いもあったかも知れない。兄は死んでから弟に大いなる遺産を遺したのだろう。

ところでどういうわけか、最近健康志向が巷に跋扈している。まるで健康でなければ生きていいてはいけないという風潮。健康志向の増大につれてその種の会社がテレビやインターネットで騒がしい。そういえば、昨日水を売る会社から連絡があった。健康な水はいかが?うちでは浄水器を使っているので、結構ですと言って断った。だが健康に激しいほどの関心がある人々はさまざまな水を求めているようだ。この前は水素水という水を売っていた。だがここで問題が在る。健康は誰がくれるのでしょうか?それはあなた自身ですよ。あなたがしっかりしていればとにかく長生きはできます。それが迷ったり何かに頼りすぎたりすると、健康は揺らぎます。そこをきちんと把握しておきましょう。迷いは健康をも揺らがせることになります。健康はあなたがしっかりしていれば大丈夫。
2017年02月17日 08:45 |コメント|