高杜 一榮の世界

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高杜 一榮の世界 ≫ 高杜一榮のモノローグ

モノローグ

20170809水曜日

最近のテレビの傾向、よほど暇なのか、それとも芸能人のプライベートを暴くこ

とが、使命であると勘違いしている芸能記者が多数いるためなのか、同じ話題

を動画入りで説明したりしているが、何か真夏の猛暑で皆理性がかき氷のごと

く溶けたのかのようで、意味不明の不倫報道がたれ流されている。どういうわけ

か夏に理性がなくなるのは、人間の性なのか、撮られる方も理性が溶け出

し、撮る方も理性がぶち切れ、膨大な量の汗が理性と一緒に流れ出している

らしい。他人の不倫を話題にするなどは時間の無駄だし健康的ではない。も

っとも反面教師というのであれば上出来。昔の人は良く言った。「人のフリ見

て我がフリ治せ」アレは「人の不倫を見て我が不倫を治せ」を意味していたの

かも。

2017年08月09日 12:10 |コメント|

20170803木曜日

最近政治家のだれそれが不倫をしたとか、どこかで「現場」の写真を撮られたとか、マスコミをにぎわす話題が続く。どういうわけか他人の情事を論うことが好きらしい。まるで「羨ましい」「なるほど皆人生を謳歌しているなあ」と言う実感を絵に描いたような「体たらく」だ。何故、皆他人の情事を論うのか不思議。自身にない暮らしの一部を羨望以上の眼差しで眺めているとしかいえない。できるなら、もっと人類のためになる情報を流して欲しい。他人の不倫を話題にするなどは時間の無駄になるし、健康的ではない。もっとも反面教師というのであれば上出来。しかしながら若い世代、つまりある程度性的欲求がまともに稼働中の人々は、それしか神経にない場合が往々にしてあるだろう。食べることの次にそれしかない、という人もまた、賢明でなおかつ学究心に燃えているひとびとも含めて性に背中を向けてしまうのは偏屈としか看做さない。下半身の「出来事」に関心がない人は、人間ではない、とも思われ兼ねない。しかし教育テレビではないので、そういう類の情報は必要かも知れない。だが、毎日似たような情報があると首を傾げる。その上全く次元の異なるというか、不思議な事件を集中して報道したりするのも、それらの煩雑な集中取材への「辟易」を表わしているのかも知れない。北海道で行方不明になった中国人女性の報道もかなり綿密になされていたのもそれらの反動といえる。一刻も早く中国人女性の無事な発見を願っている。彼女のお父さんの気持ちで考えると、涙がこぼれてくるはず。
 
2017年08月03日 17:40 |コメント|

20170723日曜日

世間はかなりの猛暑に喘いでいるようだ。わたしの猛暑の過ごし方は非常に簡単。濡らしたタオルをビニール袋に入れ、冷蔵庫に置く。冷たく冷やしたタオルを取り出し、顔を拭き首に巻く。吹き終わったタオルは洗ってまた冷蔵庫に置いておく。猛暑はこれだけ。冷房病になったことのあるのでうちにはエアコンはあるが使わない。わたしにはこの方法でしか猛暑を過ごせない。前にも書いたが夏が大好きでトローッとするほどの猛暑が嬉しい。それは文化学院の同級生と京都を旅行した時、田舎の農道を歩いた時の体験から来ている。たまたま出逢った農村の方が井戸から引き上げたトマトをどうぞと勧めてくださった。遠慮なく頂いた。皆食べながら農道を歩いた。冷たいトマトが美味しく「京都の夏って素晴らしい」と思った。あの頃の暑さは冷房がそれほどなかった時代なので、素晴らしい体験だったといえる。猛暑を過ごした思い出は煌いて美しく遺されている。七月二十日午後十時テレビ朝日で松本清張の「黒革の手帳」を武井咲主演で放送されていた。札束の絨毯の上に女優が横たわる場面はなかなか刺激的で面白い。文豪松本清張は金に群がる人々の真実を隠さず露骨に白日の下に晒すことを目指したということになる。金に眼が眩む人々を美しいと描いたわけではないだろうが、ドラマの展開は人びとにどのような影響を与えるだろうか?
2017年07月23日 13:02 |コメント|

20170719水曜日

最近芸能人の離婚問題などの記事が氾濫している。記事としてはごく普通なのだが、どうも疑問が起きる。何故人間は他人の家庭の不和を知りたがりまたその種の記事に執着するのだろう?一般的には「他人の不幸は蜜の味」という非常に程度の高くない発想から進歩していないためだろう。普通の人々(他人に関心を抱き、覗き趣味の域をでず、井戸端会議的に騒ぐ質の人)は他人の暮らしを眺め、自分と比較するのを好む。その発想から派生したのがこの離婚問題の記事といえる。わたしは二回結婚し、二回死に別れている。二回目の結婚は籍を入れる前に姑の反対に遭い、入籍はできなかった。姑は息子よりも年がかなり上の嫁に感情的になったらしく、かねてから行きたいと思っていたカナダ旅行に突如行くと宣言し、息子と共に出かけた。帰ってきた時に見せられた写真を見て唖然とした。まるで撮影された写真は彼の配偶者のように写っていた。それを見ると新婚旅行にしか見えなかった。つまり彼女は新婚旅行をしていなかったために、敢行した強引な旅行ともいえた。夫が語ったのは、笑うに笑えないエピソードだった。夫は母の強引な旅に不満を抱いていたが、花嫁のわたしへの贈り物を土産店で買うことを思いつき、店で皮のジャケットと毛皮の襟巻きを買おうとしていると「わたしへの贈り物は?」と姑が息子に尋ねた。夫は答えた「貴女は貴女で買えば?」それを聞いた姑は不快な顔をしていたと言う。この行に「貴女」と書いたが、実際彼は母親を「貴女」と呼んだ。強引にカナダ旅行に(妻を日本に残し)自分を連れ出した母へのあてつけだったらしい。それをわたしに伝えた息子はわたしへの謝罪のつもりで現地であったことをすべて打ち明けたようだった。夫はその年の翌年には亡くなり、姑はまだ生きている。夫の死後会ったことはない。わたしが姑の立場だったら、新婚早々の妻をいくら息子よりも年をくっていたとしても息子の妻を残し、親子だけで旅行にはでかけなかったと思う。姑はわたしと別れる時「わたしがもっと遠くにいたら、息子は長生きしていたかも知れない」と本音で呟いていた。息子がアルコール依存症であったために、母親が「この子はわたしよりも早く死ぬ」と見て保険を掛けていたのだった。わたしにも息子に保険を掛けるように勧めてくれたが、保険による高額取得に疑問を抱くわたしは拒絶した。保険を掛けていなかったので、全く何もなく、大事な衣装やパソコンを取られたまま東京に帰った。金があれば良いという流儀の教育を受けていなかったわたしは、損をしたが、心は平穏で爽やかだ。その後姑は家を大改装して、一人で暮らしているという。
 
2017年07月19日 11:51 |コメント|

20170717月曜日

今朝溜まっていた新聞を切り抜いた。その中に特に気に入った切抜きを挙げてみたい。産経新聞(20170716)朝の歌に載っていた詩。題名「贈り物」東京都墨田区野村勇・作/幼い日 
母と手を
つないだ記憶がない
まして成人後 そんな
機会など皆無だった
母と手をつなげたのは
母が息子の顔を忘れた
あの日からだった
血管が浮き上がって
染みだらけの だけど
やわらかな母の手
私は思う存分その手を
握って歩けた あれは
認知症の母がくれた
贈り物だったと今思う
最後の行を読んで、わたしの眼元から涙がこぼれた。詩を読んで泣いたのは初めてだった。

ところで上記の詩とは程遠くなるが、渡辺謙の不倫だとか浮気だとかのテレビの報道を見ていたら、随分昔のことを思い出した。亡夫とは愛し愛された仲の良い夫婦だったが、その新婚時代亡夫の言った言葉が過激だった。「お前は何も知らない。俺が許すから修行して来い」この言葉で如何に超寛大な夫だったか、理解できる筈。この言葉がわたしたちの仲の好さを表わしていたのだが、当時のわたしには何か不可思議な宇宙空間に放り出された思いだった。普通の夫婦ではなかったわたしたちは、その後紆余曲折を経て見事な転身を遂げることになった。今わたしが生きて元気でいるのは恐らく大人の女になるようにわたしを指導してくれた亡夫のお陰かも知れない。
7月17日第二稿
神戸北区で高齢の男女五名が26歳の男子に殺害された。誰でものどかな田舎で起こったこの恐ろしい事件の深層を解明できていない。自身の推測ではこうした若い男の殺人の深層には「性的欲求不満」「コミュニケーションの不測に因る蛇行状態」別な解釈としては「理性を培う教育の不測」ともいえる。つまり若い男性には、かれらの性の「発芽状態」を丁寧に指導する人材や媒体が全くない。あったとしても彼らの脳裡の空白の部分を埋めるのは難しい。こうした「迷える子羊」に殺意を抱かせるのは難しくはない。少年から青年になり、年齢だけ数字が高くなっても、肉体的には全く「無知」だから彼らは性の充足を得ることも重要であるとも思えていない。殺意が起こったのはつまり、彼らの中に性を学んだり、試したりもせず、逆に積極的に知識を得ることに背を向けていたことにある。もし性行為もしくは性的知識、またはガールフレンドなどがいれば、惨劇はいくらか遠ざかっていた筈だ。この犯罪を犯した26歳の「少年」に質問をすると良い。「君は今までに性経験はあるのか?」「これまでに性で充分満足したことがあるのか?」彼らには「麗しい経験も初恋もなく、ただ幻想があっただけではないだろうか。意外と女の子に話しかけ、気楽に親しくなれるタイプの男子はこうした残虐な殺意は起こらない。女の子を妊娠させて困っている母親には一言言いたい。「そのぐらい出来れば五名ほど一気に殺害する事件は起こさない筈」意外に真面目な優等生がこうした事件を起こしやすい。
2017年07月17日 12:38 |コメント|

20170704火曜日

産経に櫻井氏の随筆が載っていた。内容はアメリカジョージア州と韓国釜山に新しい像が設置されるというニュースに対する抗議文ともいえる。今までこの種の意見が数多く載り、なおかつ様々な意見が飛び交っていたらしい。自身としては「やりたい人々は勝手にやらせれば良い」と思えている。前はあの国の人々の傍若無人な姿勢に反感を抱いたが、今は「ほっておけ」「そういう体質は単なる意見だけでは治らない」「なおかつ恨みを千年も万年も抱き続ける体質は変わらない筈」つまり無駄な努力はしない方が良い、と思う。それよりも韓国留学生を無料で招待し、なおかつ日本人の資質とその品性を理解して戴くしかない。慰安婦問題はいつまでも解決しないものと諦めることが肝心。韓国人は変らない。恐れることはない。「日本人はどのような貶めるプロパガンダを展開されても千年も万年も相手を尊重しなおかつ品位を崩さず格調高く保つ国民である」と思って戴くしかない。これが裁量の薬だといえる。
 
2017年07月04日 11:54 |コメント|

20170626月曜日

先日、某女性議員が秘書に大声で、まるで殴っているかのように叱咤した事件を報道していた。経験があるので書くが、女性の四十代の初期は興奮して声を荒げることは平均的にあるのが普通だ。そういう体質ではない人には当てはまらない話だ。つまり事件を起こした女性議員は更年期の真っ只中で声を荒げて怒っただけでそれ以上ではない。自身は結婚していた時期に、無性に腹を立てて感情的になったことがあった。更年期という言葉を聞き、そういう時期に入ったのを知った。だが社会に出ていると「更年期だから怒鳴っても良い」というわけにはいかないかも知れない。ただ議員も普通の人間なので、そういう時期もあると理解し、もっと温かく見守る必要があるだろう。女性が勢い良すぎて、周囲に顰蹙(ひんしゅく)を買うことが往々にしてあるが、女性だからいつも大人しく淑やかにというのはもう明治の世の中ではないので、ある程度看過すべきではないのか?しかしながら日本の女性議員が優雅さと穏かさを失うことを奨励しているわけではない。日本の女性議員に求めたいのは、従来の女性議員にはなかった、もっとワイドな力のある活動でマスコミを騒がせて欲しい、ということに尽きる。しかしながらその暴言で名を売るという目的が隠されているのであるなら、そういう作戦なら何とも言えない。

2017年06月26日 07:46 |コメント|

20170621水曜日

幼い頃現在の六本木に住んでいた。当時の六本木は草原がある村のような雰囲気だった。父母が百坪の土地に山羊を飼うようになった。子供の成長を願って、山羊乳を求めた。知人から当時の値段でかなり高額だった山羊を買った。最初は一頭だった山羊をつがいにしてから、山羊は六頭になった。兄たちは山羊に草を食べさせるため、雑草の生えた場所を探し山羊を連れまわした。山羊を連れて近所を歩くので当時は「山羊の家」と呼ばれていた。その頃アメリカ人のパイロットの娘と知り合い仲良くなった。楽しい交流になった。その頃のことを書いた電子本が近々発売開始になります。電子本「ふまじめなエメラルド」(ボイジャー発行)を検索してください。かけがえのない幼き日の記憶、宝ともいうべき思い出を綴った作品です。
2017年06月21日 15:49 |コメント|

20170620火曜日

このところ多忙であったため、モノローグは休んでおりました。その間世界は劇的にさまざまな事件がありました。中でもロンドンの高層マンションの火災。どういうわけか日本は昔から災害に遭うことが多い国でした。そのため国民自体も災害に対する神経が極めて繊細であったし、防災に対する法律も極めて厳正であったといえます。それが作用していたのか、テレビでロンドンの高層マンションの火災について日本の識者は「日本ではあり得ない火災」と断じていた。つまり日本は、建設の段階から延焼防止の取り組みが基本的に細やかになされていたため、大規模な火災は起こりえない国になっていたと明言している。しかしここで用心の心構えを鈍らせることなく、次世代も高層マンションの火災に対する取り組みをしっかり継承してゆくように期待する。他の国で火災が少なく、地震もない国があったとする。何千年もなかったとすればその分野の研究もないだろう。安全な国ほど安全の対策を疎かにする傾向がある可能性もないことはない。日本も安全であることに満足せず、もっと進化し続けるべき。
 
ところで今朝弘前城の外堀の上をウエイクボードで走ったCMの是非を問題にしていた。弘前城は文化財であり、桜の並木の下の濠の上をウエイクボードで走るなどは、文化財に対する冒涜ではないか、という主旨。それもあるかもしれないが、弘前城の観光目的にもなるので、特別に許可したこと、だと解釈するしかないのでは?世は観光の繫栄のためなら、常軌を逸した寛容が発生する?
 

2017年06月20日 06:35 |コメント|

20170609金曜日

俳優の小出恵介の突然のトラブルが報道された。またも嫉妬の炎の被害者が出たと言える。過去に「相棒」に出演していた俳優の成宮寛貴が「心から信頼していた友人に裏切られ複数の人達が仕掛けた罠に落ちてしまいました」と週刊誌に出されてしまった自分の「報道されたくない写真」を撮られ、芸能界を即去った。当時述懐していた彼の言葉には無念の思いがあったはずだ。今回の小出恵介の事件も信頼していた友人に謀られた可能性がある。友人たちは良友も悪友も含めて友人の出世に類稀な嫉妬を抱くものだ。つまり「何でお前がそんなにめぐまれているんだ?」という視線で密かに眺めている。それが十七歳の女の子を餌に誘い出し写真を撮影して週刊誌に売るちょっとした悪戯に発展した。彼らはゲーム感覚でその事件を起こした。罠に嵌った小出も災難だったといえる。と前回書いていたが、実際の報道を詳しく知ると、小出の事件の真相はそれほど甘いものではなかったようだ。早まって書いてしまったが、小出の思惑は「こんなに売れっ子になれば普通の男が得られる役得とは異なったものがあるのだろう」との発想がなかったわけではないとも推測できる。ともあれ当人も周囲も上り坂ほど気をつけねばならない。だが彼らを起用する側も、その面の厳戒態勢を敷くべきではないのか?世の中嫉妬の壁が周囲に聳え立つ。さまざまな妨害もあるはず。膨大な金額を使って制作しているなら、その面の「保険」を掛けておくべきであろうが、すでに保険をかけていても被害甚大であったのかも知れない。芸能界は魔物が棲んでいると言われるが本当に棲んで人間の理性を崩すような悪戯をするために生きているのだろう。芸能界で生きたい人はそれを充分理解して活動すべきかも知れない。

福岡県警察の所属の男性が妻を殺害したというニュースが世間を騒がせているが家庭の悩みを職場でいえなかった男性の犯した犯罪だったのか。どのような経緯が遭ったのか知らないが、子供の教育に悩んでいた妻。大人しく周囲と元気に遊ぶことのできない二人の子供を抱えて悩む妻に夫は対応しきれず、結局どん底から立ち上がった時は妻を殺していたということなのか。練炭というのも、何故か理由が判らない。計画性があったのか、発作的だったのか?誰かが止められたはずではないのか?すぐ傍に姉が住んでいたのに、助けら得なかったのは残念でしかない。東京には暮らしの相談所はたくさんある。福岡にもあるはず。裸になって打ち明けさえしていれば、三人は助かったはずだ。それほど難しい問題ではない。誰かがおせっかいになって首を突っ込んでいたら大事件にはなっていなかったのではないか?すくなくとも福岡警察を揺るがす事件にならなかったはずだ。残念でならないが今後の対応に新たな要素が加えられるはず。小さい変化も見過ごさないこと、これに尽きるのではないだろうか?


2017年06月09日 07:25 |コメント|