高杜 一榮の世界

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モノローグ

20170905火曜日

趣味は料理だが、昔は料理で恥をかいた。某学院で学んでいる時伊豆の戸田の民宿で合宿した。総勢三十名ほど。料理の当番制が出来てそれぞれ三名ほどでチームが作られた。わたしは下級生の男性一人、下級生の女性が一人、の三名の組になった。その際どういうわけか、その別け方に奇妙な印象があったのだが、その時には気付かなかった。自身の組の当番の日がやってきた。朝ご飯、昼ごはん、夕食と作らねばならない。ところがわたしは米を洗って、飯を炊くことさえ一切したことがなかった。母はわたしを究極のお嬢様にしたかったらしく、何もさせなかった。掃除さえもさせられなかったのだ。それには深い理由があった。かなりの旧家に生まれた母は厳格な母親に教育された。女中がたくさんいるのに、朝五時起きで飯炊き、掃除をさせられた。それは祖母が嫁入りした際何もできずに、恥をかいて暮らしたためだったようだ。母は恐ろしいほど厳しい母親に教育された。十人の子を産んだ祖母は一番厳しくしたのは長女の母だった。そんなわけで母は逆に自分の子供には苦労させず、甘やかすことにしたようだ。わたしはそのため飯炊きもしたことがなかった。それまで合宿で恥をかくなど、想像もしていなかった。何も知らないと思しきわたしが飯を炊けるわけもなく、大きな古い竈に三十人分のご飯を炊く大釜があり、わたしには無理だったが当番なのでしかたなかった。なにしろ三人のうちわたしがリーダーのような状態だった。窯が沸騰して溢れた米汁が流れ出すと、慌てて蓋を取り、表面に水分がなくなると水を追加した。水がこぼれても蓋を取るな、とは教わっていなかった。ご飯を炊いたことがない者の浅知恵で、水を足せばなんとかなると思った。ところができたのは見事なお粥。朝お粥のご飯を茶碗に盛って出した。「何これ?」と皆怪訝な顔をした。組になっていた三人のうちの男性はわたしの見事な「ご飯」を黙って食べた。皆も何も言わなかった。昼になり、ご飯でおにぎりを作らねばならなかった。これ以上柔らかいおにぎりはなかっただろう。それが合宿の思い出だった。合宿から帰ったわたしは、駅に迎えに来ていた母を見るなり泣き出してしまった。母はわたしの話を聞き、「明日から料理習いに行きなさい」と宣言した。その後母はわたしに覚えさせるために自らフランス料理を習いに行った。最近では合宿の当番の決め方にある意図があったのではないか、と疑惑を抱くようになっている。わたしが米も炊けない料理下手だと見抜いていた人物がいたのではないか。そう疑いたくなる。その中で一番の年かさの女性がキャベツの千切りを作ったのだが、絹糸のように細い千切りだったのを鮮明に思い出す。あの時の恥は後々まで思い出し、あれは「何だったのだろう?」と首を傾げる。単なる「天然ボケ」のわたしを教育するために設定された舞台だったのだろう。わたしを可愛がってくれた母はわたしの泣いた顔を見て、少なくともご飯を炊けるように、と料理教室に行かせたのを思い出すと切ない。
 

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