高杜 一榮の世界

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モノローグ

20170719水曜日

最近芸能人の離婚問題などの記事が氾濫している。記事としてはごく普通なのだが、どうも疑問が起きる。何故人間は他人の家庭の不和を知りたがりまたその種の記事に執着するのだろう?一般的には「他人の不幸は蜜の味」という非常に程度の高くない発想から進歩していないためだろう。普通の人々(他人に関心を抱き、覗き趣味の域をでず、井戸端会議的に騒ぐ質の人)は他人の暮らしを眺め、自分と比較するのを好む。その発想から派生したのがこの離婚問題の記事といえる。わたしは二回結婚し、二回死に別れている。二回目の結婚は籍を入れる前に姑の反対に遭い、入籍はできなかった。姑は息子よりも年がかなり上の嫁に感情的になったらしく、かねてから行きたいと思っていたカナダ旅行に突如行くと宣言し、息子と共に出かけた。帰ってきた時に見せられた写真を見て唖然とした。まるで撮影された写真は彼の配偶者のように写っていた。それを見ると新婚旅行にしか見えなかった。つまり彼女は新婚旅行をしていなかったために、敢行した強引な旅行ともいえた。夫が語ったのは、笑うに笑えないエピソードだった。夫は母の強引な旅に不満を抱いていたが、花嫁のわたしへの贈り物を土産店で買うことを思いつき、店で皮のジャケットと毛皮の襟巻きを買おうとしていると「わたしへの贈り物は?」と姑が息子に尋ねた。夫は答えた「貴女は貴女で買えば?」それを聞いた姑は不快な顔をしていたと言う。この行に「貴女」と書いたが、実際彼は母親を「貴女」と呼んだ。強引にカナダ旅行に(妻を日本に残し)自分を連れ出した母へのあてつけだったらしい。それをわたしに伝えた息子はわたしへの謝罪のつもりで現地であったことをすべて打ち明けたようだった。夫はその年の翌年には亡くなり、姑はまだ生きている。夫の死後会ったことはない。わたしが姑の立場だったら、新婚早々の妻をいくら息子よりも年をくっていたとしても息子の妻を残し、親子だけで旅行にはでかけなかったと思う。姑はわたしと別れる時「わたしがもっと遠くにいたら、息子は長生きしていたかも知れない」と本音で呟いていた。息子がアルコール依存症であったために、母親が「この子はわたしよりも早く死ぬ」と見て保険を掛けていたのだった。わたしにも息子に保険を掛けるように勧めてくれたが、保険による高額取得に疑問を抱くわたしは拒絶した。保険を掛けていなかったので、全く何もなく、大事な衣装やパソコンを取られたまま東京に帰った。金があれば良いという流儀の教育を受けていなかったわたしは、損をしたが、心は平穏で爽やかだ。その後姑は家を大改装して、一人で暮らしているという。
 
 

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