高杜 一榮の世界

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モノローグ

20180716月曜日

最近思うのは結構便利で、能率的な暮らしに慣れて、本来身につけていた素直さや原始的な稚拙さ、生きて行く上で失うべきではない万物に対する謙虚さを失いかけているのではないか?正確に言えば文明や科学的未来型の暮らしに疑問を持たず、やや傲慢な怠惰さが時折顔をだしてしまうのではないのか?このまま地球が滅んだらどうする、という危機感もゼロ。なにしろこの猛暑はエアコンをつける習慣とは全く関係がないとは言えない。世界的な規模で、今から月一回か二回、エアコンを辞め、本来の肉体が与えられている能力だけで生きることを目指すべきではないのか?この暑さに冷房の効いたところに入れば、すぐそれに順応して身体は快適な温度を楽しむ。だが慣れてしまうことが果たして良いのか?これからの地球を真面目に考えてどこかで世界的に対策を講じた方が良くはないのか?老人たちは死んでしまう。誰か未来を変える画期的な運動が急務だと思う。そうは思えませんか?
 
2018年07月16日 18:37 |コメント|

20180715日曜日

自身の夏の過ごし方は冷房なしの極暑暮らし。その中身は先ず冷蔵庫に濡らしたタオルをビニールの袋に入れて保存しておき「暑い」と感じたらそのタオルを取り出し首に巻く。温くなったタオルは洗ってまた冷蔵庫に入れておく。こういう単純な「冷房装置」で暮らしている。これは今に始まったわけではなく、四十年も前からやっている習慣。何故こうなったかといえば、その当時東京プリンスホテル(芝に在る)の仏語担当のフロント係だった時代に冷房病になり、医者通いせざるを得なかった時期があった。それで冷房をなるべく自身でも使わない工夫をして、家では冷房なしで暮らすことに慣れていた。つまりどんな酷暑にも慣れ親しむという暮らしだった。とにかく夏大好きで暑いのもそれほど苦にしない質なので、これが続けられている。おそらく身体が丈夫だからそういう生活に耐えられるのかも。胃腸も丈夫らしく、聞いた話では胃腸が丈夫な人は健康でいられるというのだそうだ。母にいただいたこの健康体を後どの程度使わねばならないか、不明だが「ママ、こういう身体に産んでくれてありがとう」と言いたい。母の書いた俳句のノートに「カナカナや、遊覧船も帰り来ぬ」という句がある。母は当時の中村汀女先生の俳句教室で指導されていた。それも数百名ほどの人数だったらしい。わたし自身の書いた昔の俳句は「てんとう虫 指先にあり 石地蔵」「賑やかに 犬の眼に映ゆ 夏祭り」などだ。テレビの夏井先生の俳句番組を観ているが、俳句の世界の面白さはシャープでなおかつ「切なさ」も感じる。 
 
 
2018年07月15日 16:28 |コメント|

20180619火曜日

最近というか、かなり前から頻繁に発生しているストーカー殺人も気になるが今回幼児の殺害事件のことを書きたい。最近幼い女の子を殺害する事件があった。どうやらこの問題は解決不能な深層の分野になると思える。ストーカー殺人は以前十代の女性が付き合っていた人に恨みを抱かれ殺害された事件もあった。この種の大人になった若い女性が被害者になる事件は今後また書くことにするが、今回は幼い女の子が犠牲者になっていることを主題にする。何故男性は幼い女の子を狙うのか?これが疑問に思えたがどうやら男性の中の深い部分に、燻(くすぶ)っているものが事件を起こすらしい。男性方は責任を持って自分たちの同胞が犯した犯罪を他人事とは思わず、解決への努力を示していただきたい。「どうせ色気狂いが犯した犯罪だろう?」「オレは違うから」「自分は今、粗末な相手だが充分満足しているから」「オレとは全く世界が違うから」そんなことをノホホンと呟いているから自分の大切な存在を殺される羽目になる。とにかく猫も杓子もブス男も美男も責任をもって解決への道筋を見つけて欲しい。あなた方の誰かの幼い娘が将来素敵な魅力を持った女性に成長してゆくのを無視して、熟慮せず簡単に殺めてしまったのか?その奥に在る筈のどうにもひとくくりできない色欲と間違った情熱の暴走を、何故止められなかったのか?それは偏に女性全体を長い間下位に置いていたことに因るための「文章にも出来ない程度の恥も外聞もない不埒な行為」であったのですか?それが本当なら根幹の「そこんところ」を「ここらへんで」どうにかしませんか?幼児の女の子を殺した罪はその人の家族親族知人にまで非難が及ぶ筈の大罪ですよそこんところを理解していますか?あなた方男性側で熟慮して解決をつけなければならない問題です。今後幼い娘が毒牙に掛かり殺されることにならないように「手を打つ」ための何らかの動きをしないといけないと思いませんか?女性にも責任があると思われるなら、そこのあたりをもう少し正確に煮詰めないといけません。しかしながら何故女性はこの種の犯罪を犯さないのか?それは母性が絡んでいるからなのか、母性は異性に対する誤まった情熱の迸りを停めることができるのか、不明だが女性が幼い男の子を誘拐して殺害したという事件はないようだ。どうもそこのあたりに男性のこの種の事件の深層がありそうな気がする。しかしこの世は意外と進化していない。問題解決には男女両方がタッグを組み取り組まねばならないとみえる。事件が起き、騒ぎ立てそのまま時間が経過するというほとんど何も進展しない世間の風潮が続いている。事件はどこで誰によって起き、そして忘れ去られているのか?日本には事件解決のための究極の知性が存在しないのか?
 
2018年06月19日 02:57 |コメント|

20180519土曜日

この前新潟の小学二年の女の子が殺害され遺体となってみつかった事件だが昨日容疑者が逮捕されたとTVで報道していた。23歳の青年だ。顔をテレビで見ると大人しそうな優しい顔だ。彼が犯人であるというのを、知って驚くしかない。しかし残虐な児童殺害事件をした人物が優しい顔であるというのは、何故か言葉に窮するし、なおかつ知っているあの人に良く似ている、と恐ろしくなる。実に表現しがたいものがある。嘘かも知れない、と思えるが真実に違いない。逮捕前も幼い女子に手を出して悪戯しかけて逮捕されていたばかりだという。しかし親御さんはどう思っているのだろう?一番死にたいほど悲しくて仕方がない人が二名がいる。犯人と被害者の親御さんの二名。犯人の逮捕があっても、まだ恐怖感がなくなったわけではなく、同じような犯罪に手を染める予定があると思しき人物が存在するという情報が厳然としてあるようだ。どのような対策が必要かといえば若者への「性教育の徹底的な見直し」としかいえない。日本の性教育はほとんど未開の印象しかない。性教育を真摯に取り組み、自身の子を正しく導いている父親は現在100人中どの程度いるだろうか?昔も今も性教育に真面目に取り組み実践してきた人は極めて少ないと感じる。息子が突然警察のご厄介になり、痴漢や、幼い子へのわいせつな行為をしたなどの罪状で呼びだされて初めて「自身が息子に真面目に性教育を施していなかった」と気付いた。こういう親が99パーセントだろう。それほど真面目に取り組まなかった理由には、性を教えるという教育をされていないからだといえる。親もまた「性教育不毛時代」の迷える子羊といえる。不毛時代というのは、昭和の昔はエログロなどの言葉があるように、メディアが勝手に作り上げた「無責任な垂れ流し」の結果がそこにあると言いたい。模範的な性教育の出来た親は例えばこんな具合だ。テレビドラマに出て来るキスシーンや性行為のシーンを見てチャンネルを切るのではなく「こういうドラマで育つと性的な感性が歪む」または「全うな成長をしている青年はこういう場面から性を学ぶかもしれないが、現実はこうではない、お前は良い指南本を読んで勉強しなさい」などと一言述べ、性を語ることのできる親になるべき。息子から質問が来た時はまっすぐ対応する。それが犯罪を生まない家庭を生む。なおかつ性犯罪で逮捕された犯人がテレビに映じたら「今日はこの犯罪について話そう」と親から提案して意見交換をする。そういう会話が日常的に交わされていたら、性犯罪の重き部分を理解していける筈だ。息子と同じ程度の性教育の理解力であれば、親も良い機会だから学ぶことが出来る筈だ。日本人は「性」に対して含羞が多く、アメリカ人などのようなあっけらかんとした開放感がない。その分犯罪率も異なって来る。だが彼らを真似たところで性教育が正確に施されるか、は不明だ。ともあれ親子揃って勉強しなければならない喫緊の問題といえる。
追記:このところ家人の入院などで多忙のためこのコラムをに長期にわたって休憩しておりましたことをお詫びいたします。
2018年05月19日 05:40 |コメント|

201800327火曜日

最近の傾向としてテレビの出演者がほとんどすべてに近いほど「歯が白い」こと。気味悪いほど白い。あれって、どういう意味。確かに歯が黄色いとやや優雅さに欠けるかもしれない。だが自然体を貫いて欲しい。テレビ出演の前に歯医者に出かけ、白く光るように磨いてもらったのは悪くないけども、出て来る人すべてが歯が白いと何か不自然。もう一つの傾向として何かと言うと踊り出すこと。それも一斉に意味もなく踊り出す。これも不自然。あとどういうわけか、一つのスキャンダルが起こると皆そこに集中して、一斉に同じ種類のスケープゴートに襲い掛かる。あれって魔女狩りに近い。どうしてこのように知恵も教養も同じ程度に集中して、特色がなくなるのだろうか?不思議。おそらく「テレビは疲れているのだ」と思わざるを得ない。疲れているテレビはやはり休憩または麗しい休息を取るべきかも。
 
2018年03月27日 16:53 |コメント|

20180306火曜日

最近再婚した母の夫、つまり新しいお父さんに幼い娘が折檻の末殺されたというニュースがあった。そのニュースを知って思った。これは予定されていた、つまり予測できた事件ではないか。思い出すのはある夫婦のこと。父母のうち母親の方は再婚だったが、再婚した時に既に幼い娘がいた。ところが数年して義父と娘の間がおかしいと感じた。つまり推測できた事件が起こっていたのだ。再婚した母親は長い間娘が義父によってレイプされていたのを知らずにいた。ある時それを感知したが「時すでに遅し」で、恐ろしいことに娘と義父の間に子ができ、妻はそれを判って黙って娘に父親の名を問い詰めず孫と暮らし続けている。こういうことがあるので、女の子のいる夫婦は万が一別れて再婚する場合、娘が義父にレイプされるかまたはそれ以上に複雑なことにならないように注意すべきだ。折檻で殺された女の子は、いずれ折檻よりももっと酷い人生が待っていたとは絶対言えないが、母親は再婚する場合は相手の男が良き父親になると信じたとしても、人生何が起こるか不明であることを肝に銘じて欲しい。幼き命を折檻して殺してしまった男には「日本人の人口減少加担罪」なる国家的な損失を犯した罪で懲役百年を言い渡すべき。義父ではなくても本当の父親にレイプされることもかなりの数存在するらしい。人生は予期せぬことがあると充分判ってから結婚をし、人生想像外のことが起こると理解してから子を作るべき。わたしは結婚後子供を故意に作らなかった。父母の壮絶な不仲、息子ばかり可愛がる家庭内の不愉快な男女差別を見ていて、結婚しても子を作らないと決めていた。現在子もなく孫もないのが、寂しいこともなく中々快適。
2018年03月06日 08:00 |コメント|

20180304日曜日

最近相棒の飼う猫のチビちゃんの世話をしているだが、チビちゃんという天才猫は以前からその頭の良さを物語る逸話には事欠かない。一昨日は面白い場面があった。飼い主が入院中なので彼女(チビちゃんはメス猫)はわたしの世話を仕方なく我慢をしているのかもしれない。二月の寒い時期に彼女にはホットカーペットの上で寝るようにさせていたのだがある時姿が見えない。散歩に出たのかと家の前の駐車場を見るがいない。それで心配して家の中で名前を呼びながら探していると、ニャーと鳴く声が聞こえた。鳴き声を辿ると奥の部屋の押入れの上段のプラスティックの整理箱の上で蹲っていた。彼女が言葉を発するとすれば「あっちの部屋は暑くなったのでこっちにきているの、こっちは涼しいから」ところがそれが判らなかった。だが二日してなるほどと理解した。春なので季節柄寒暖の差が著しく彼女は暑くなると北の部屋の押入れ、寒くなると南の部屋の窓際で日光浴という具合にして暮らしていたのだ。誰も教えないのに、と思うと彼女の賢さに感動する。わたしは寒暖の差があり毎日寝る場所を変える彼女が不憫で仕方なくなり、思わず「チビちゃん!」と言ったまま、彼女の前で涙を零してしまった。すると天才猫は愕然として眼を見張り、わたしの顔を凝視した。彼女が言葉を発したとすればこうだ。「どうしたんですか?何故何故泣いているんですか?」「わたし何かしましたか?」わたしは彼女が愕然と見ているのを初めて見たが、あれは猫を被ってるわけもなく、人間を被っていたのだった。つまり彼女はわたしの顔を「人間が相手を気遣う」まさにその境地で対応していたのだ。そう思うと飼い主が入院したことを知ることもなく、ただひたすら待っているチビちゃんが不憫でならなくなった。この話をした時、飼い主はやはり涙を零していた。今までホットカーペットの温度を調節して彼女が暑すぎず寒すぎずと、気を遣っていたのだが、同時に彼女も気を遣っていたのだ。それを判って来た。誰にも懐かず、飼い主だけだったチビちゃんはわたしを受け入れてくれてわたしの泣き顔を見て愕然とした。天才猫チビちゃんはやはり抜群の賢さを持つ猫だった。そういえば相棒との会話があった。「チビちゃんが死んだらあなた悲しくて生きていけないんじゃないの?」「それはいえてる、チビちゃんに死なれたら当面物も食べられない」これから何が起こるか一寸先は見えない。
2018年03月04日 08:29 |コメント|

20180218日曜日

ところで自慢ではないが今年三月で75歳になるわたしは今新聞を老眼鏡なしで読む。最近そのことを知人に話したところ驚嘆された。だが今から二十年前当時その頃のわたしと同じ年齢になっていた師匠が老眼鏡なしで原稿を読んでいた。その時の不思議な感じを思い出した。だが老眼鏡なしで過ごせるというのは多分刷り込みがあったためだろう。「老眼鏡を使わずに過ごしていれば度は進まない」それが根底にあったためか、現在老眼鏡があってもほとんど使わないで暮らしている。お勧めは老眼鏡を必要になった時に慌てて眼鏡を作らない、または老眼鏡に頼らずに暮らすことを心掛ける。そうすれば、そのまま度は進むことはない、と思われる。実際現在新聞や雑誌は眼鏡なしで読んで支障はない。
 
 
ところで」最近「奇妙なもの」を見た。某病院の待合室のソファに座っていたときのことだ。前の席に座っている男の首を見て驚いた。首に見えたのは「下痢」とか「蛇」という文字、それも刺青だった。あの刺青独特の色で「下痢」「蛇」と入れられている刺青は見る者を異次元に誘うような勢い。男の子の意図が理解できたので、見る気を失ったわたしは見た瞬間、ほかに書かれたその他の「許しがたい悪戯」を見もしなかった。おそらく十代ではないだろうか?何故刺青が「下痢」とか「蛇」という文字になったのか?多分人に嫌われる意味の字を入れたかったのだろう。それがすぐ判った。それで思い出したことがある。今から四十年前ぐらい前に同様の種類の刺青を見たのだ。十代の男の子だったが背中に入れられた刺青が不気味な絵柄だった。墓地の光景に幽霊のような女の姿。おどろおどろしい忌まわしい光景。その刺青を背中にいれた男(ごく若く少年のようなイメージだった)は求めに応じて背中を見せてくれたが、見たわたしは唖然としたまま何もいえなかった。つまり最近見た不思議な絵柄の刺青は同一の目的で入れられていたと思われる。目的はまず第一に「見る人が驚く画像、第二に人に思い出してもらえる絵柄、第三に首筋がぞっとするほどショッキングな画像。彼ら若者は背中で自己の意思を伝えている。「どうだ、こういう画像を背中に入れられるか?おまえにはできはしない」こう言いたいのだろう。彼らは「世の中に背を向けることを誇りにしている」のかもしれない。しかし後で完成された大人になったとき、後悔して背中の刺青を抹消しに出かける可能性はある。それも人生かも。生きている限りやりたいことはやりなさい、としか言えない。
 
2018年02月15日 22:03 |コメント|

20180201木曜日

先日楽天の市場で「別けありうなぎ」を売っていたので買おうとして記入していたのだが完璧に注文完了といかず、難儀した。これってバカみたいな話、買おうとしている客がフェイクで注文していたり、料金未納をするのでは?と最初から疑ってかかっているような警戒心一杯のダブルなゲートを構築していて、それらを通過しなければ買えないシステムになっている。あまりの険しい断崖の警戒心一杯の複雑なやり口に頭にきて途中で投げ出した。言っておくが売る方が、上から眼線でどうなるんだ?いつまでもその天下は続くと思うな、と言いたい。インターネットの買い物は日々進歩し簡単にできなければビジネスは拡大しない。

ところでTBS毎週火曜「きみが心に棲みついた」ってドラマどっか頭おかしいのではないか?一度ふられた女が「前の恋人を忘れられなくてウジウジと執着し続け、いつまでもその泥濘から抜けきれない」そういう状態の女性が日本にどの位存在していると推測しているのか?それともそういうタイプの女がいなくなったので苛立ちから生まれたドラマなのか?どう解釈しても理解不能。画面を観ているだけで苛立ってしまう。ふられた腹いせに出来上がったフェイクドラマなのか?良く理解できない。もっとドライで失恋からすぐ立ち上がれ、なおかつ素晴らしい変身をする女を描けないのか?女が異性の執着で一歩も前に進めないドラマは日本文化の停滞を招くから描くべきではない。明るくドライで楽しい女性がドラマには必要。たとえば「ドクターX」の女医の猛者なんかが理想像。ところで向井理を質の悪い性格の役にして欲しくない。あの柔和な好感度高い俳優に良い雰囲気を持たせたままにして欲しい。
2018年02月01日 16:47 |コメント|

20180130火曜日

先日小室哲哉さんが引退を発表した。主な理由は不倫をマスコミに暴露されたのかまたはそのメディアに対する現在の心境を表現したのか。どちらともいえるが、大体不倫自体個人の自由があり他人がどうこう書き立てることではない。そのため彼の引退発表は日本文化にとっては不利益なことと言える。テレビでは全く関係のない普通の人が「不倫は個人的なことなので他人がどうこういうこと自体間違っている」という感想を述べていた。正にその通りだし、マスコミが不倫を話題にして番組を盛り上げようと企むがそれは、「自分たちは種切れなので今回はこの不倫を扱います。ご容赦くださいませ」と「自白」しているのと同じ。毎回謝罪をすべきではないのか。赤の他人の不倫で儲けようとするのははっきりえば、センスがないし、バックボーンが情けない印象になってしまう。そういう類の情報を売って儲けようとする者はもっと謙虚にならなければならない。小室氏は引退を宣言する必要はなかった、と言いたい。情報を流した彼らの落ち度と言うか犯罪に近い。

ところで今朝(一月三十日)頭に来たことがあった。楽天の市場で「別けありうなぎ」を売っていたので買おうとして記入していたのがだが完璧に注文完了といかず、難儀した。これってあほみたいな話、買おうとしている客がフェイクで注文していたり、料金未納をするのではと疑っているような警戒心一杯のダブルなゲートを構築していて、それらを通過しなければ買えないシステムになっている。あまりの警戒心一杯の複雑なやり口に呆れた。頭にきて途中で投げ出した。言っておくが売る方が上から眼線でどうなるんだ?いつまでもその天下は続くと思うな、と言いたい。だが大体わけありうなぎを買おうとする者がもっと謙虚にならなくてはならないのか?そうかも。もっとも食べ物などは我慢ができるから、売る側は充分配慮しなければ天下は続かない、と言いたい。

2018年01月30日 02:36 |コメント|